さくらいろ



 初めて見たのはさくら舞う季節。

 転校生として学校に入学して。
 担任の教師から紹介され、自己紹介もしっかりとできた。
 休み時間になればクラスメイトから様々な質問を受け、その質問にも愛想よく答えていた。

 「どこからきたの?」

 「どこに住んでいるの?」

 「趣味は何?」

 ありきたりな質問の嵐。
 内心ため息をつきながらも、表面には出さずに笑顔で答える。
 それに気を良くしたクラスメイト達は一方的に自分のことを話し、笑顔で頷くアスランに笑顔で返す。
 そのアスランの笑顔に皆頬を染めた。
 アスランは綺麗な子供だった。
 大人も子供もその微笑に酔いしれ、アスランの容姿を褒め称えた。
 笑っていれば勝手に話が進んでいきアスラン自身会話に加わることはなかった。
 だからといってその事態に不満がある訳でもない。
 面倒なことから遠ざかれるのは、嬉しく思っていた。
 黙っていても時間は止まるわけではない。
 クラスメイト達の一方通行な会話が一段落つく前に、授業の始まりを告げるベルが学校中に響き渡った。

 結局学校が終わるまで同じような話を延々と聞かされ、その頃には皆が同じことを思っていた。
 アスランと仲良くなることが出来た、と。
 勝手にそう思われても、アスランはただ笑っていた。
 新しい土地でわざわざ敵を作るのも馬鹿らしい。
 周りに黙って合わせていればうまく事は運んでいくものだと解釈していた。
 
 「じゃあ、また明日。」
 
 声をかけると手を振ってくるクラスメイト達に手を振り返す。
 簡単なものだと思う。
 転校という普通の子供なら不安でしょうがない事に、アスランは何も感じはしなかった。

日常を過ごす場所が変わるだけだと。

 それくらいにしか感じていなかった。
 アスランにとってはそう思うことが普通で、それがどれくらい大きな変化に繋がることなのかを理解できずにいた。
 ただ変わらぬ速さで道を歩く。

「・・・?」

 ふと何メートルか先のほうを見ると、一人の子供が立ち止まっているのが見えた。
 何か違和感を感じながらその子供に近寄っていく。

 「君、どうしたの・・・?」

 後ろからそう声をかけると、その子供は驚いたようにアスランの方へと振り返った。

 「・・・あ・・・。」

 思うように声が出なかった。
 
 振り返ったその子供の顔は、夕日に照らされて紅く染まりとても綺麗で。
 アスランは言葉を発することが出来ずにただその子の顔をじっと見つめる。

 さらさらの亜麻色の髪。
 綺麗に紅く染まった滑らかな頬。
 大きな瞳に、柔らかそうな唇。

 目を離すことが出来なかった。

 何時間でもこうして見つめていたいと思った。

 「・・・なに?」

 少し困ったように笑いながらその子供がアスランに言葉をかける。

 「あ、いや・・・、ごめん。君が一人で立っていたから少し気になって・・・。」
 「・・・道の真ん中で立ってたら邪魔だもんね・・・、ごめんね・・・。」
 「そんなこと思ってない!ただ・・・」


 『君がとても綺麗だったから。』


 そんなことが言える筈もなくて、アスランは言葉を止める。

 「どうしたのかなって思っただけなんだ。」
 「そう・・・。」

 目を伏せて答えた短い言葉は少し寂しそうに聞こえた。

 「夕日を見てたんだ。」
 「夕日・・・?」
 「うん、綺麗でしょ?」

 その子の視線が夕日に移り、アスランもそれを追うように夕日を見る。
 赤や、オレンジやピンクが混ざったような空。
 月での空は作り物だと分かっている。
 けれど、アスランは素直に綺麗だと思えた。
 空一面を彩るその色を二人は黙って見つめる。

 「・・・ザラ君は、月の夕日を見るのははじめて?」
 「え・・・、なんで名前・・・?」

 教えていないはずの名前で呼ばれ、アスランは目を見開いた。
 あからさまに驚くアスランを見て、その子は苦笑して、ごめんねと短く謝る。

 「僕、君と同じクラスだから・・・。」
 「あ・・・、そう、なんだ・・・。」

 それから俯いてしまったその子の横顔を見て、アスランは胸がしめつけられるような痛みを感じた。
 頬にかかる髪が風に揺れて揺れている。
 その度にかすかに覗く綺麗な瞳。
 暗くて色はよくわからなかったけれど、長い睫に縁取られた大きな瞳は、哀しそうに歪んでいた。

 自分がそんな顔をさせている。

 そう考えると胸が痛くてどうしようもなかった。
 そんな顔をしてほしくない。
 自分を見てほしい。

 「君の、名前を教えて?」
 「・・・え?」
 「君の名前が知りたいんだ。」

不安そうに顔を上げるその子の瞳がアスランをうつす。
 
 「駄目・・・かな?」
 「キラ・・・キラ・ヤマト・・・。」

 小さな声だったけれど、アスランにはしっかりと届いた。
 心の中で何度もその名前を繰り返す。

 「ザラ君・・・?」
 「アスラン、でいいよ。だから、君のこともキラって呼んでもいいかな・・・?」

アスランの突然の言葉に、キラは信じられないというような表情を見せた。
 
 「嫌だった・・・?」

 キラの様子にアスランは拒絶を感じ、哀しそうに顔を歪める。

 嫌われてしまったのだろうか。

 そう覚悟した時、キラの口から小さな言葉が聞こえた。

 「いいの・・・?」
 「俺がそうしてほしいんだ。」

 真剣なアスランの表情に、キラは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑った。
 アスランに初めて見せた笑顔。


 「はじめまして、アスラン。」
 
 「はじめまして、キラ。」





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