no name 目を覚ましたのは、日付が変わってから2時間程たった頃。 シンは暗い闇が広がる部屋の中で、薄らと瞳を開けた。 未だに頭が半分は動いていないのだろう。 暗闇の中で目が慣れず、その上自分が寝ている場所もとっさに理解できなかった。 「・・・・・・っ!」 何度か瞬きを繰り返し、ようやく自分の置かれている状況を覚って、シンは小さく息を飲む。 自分の頭の下にはレイの腕。 すぐ目の前には穏やかな表情で眠るレイの顔。 鼻先がぶつかりそうな程に近いその距離に、つい数時間前のことを思い出してシンは自分の身体が熱くなっていくのを感じた。 ・・・レイと、シた・・・んだよな・・・ 改めてそれを思い出し、シンの全身が小さく震える。 シンには何もかもが始めての経験だった。 キスは、レイと以前から何度かしていたが、あんなに蕩けそうなほど熱くて深いキスがあることは初めて知った。 そして、好きな人と身体を重ねるということが、どんなに幸福なものであるかということも初めて知った。 それの代償というべきか、痛みも酷いものだったけれど。 痛みも最後の方には何もわからなくなって・・・。 絡みあう手足。 繋がった場所はとてつもなく熱かった。 シンはされるだけで、何かを考える暇もなくレイに触れられた。 それでも覚えているのは切羽詰ったようなレイの表情と名前を呼ぶ声。 どんなことをして、シンは自分自身がどのように乱れていたかなんて何も覚えていない。 覚えているのは酷い痛みと、滲み出てくるような快感。 それとレイの表情と、声。 「・・・あんな顔もするんだ・・・。」 ぽつりと漏らした言葉に反応することなく、レイは静かな寝息を立てている。 今はその寝顔すら見ているだけで気恥ずかしくなって。 喉の渇きも覚えたこともあって、シンは頭の下にあるレイの腕に注意しながらゆっくりと体を起こした。 「・・・つっ・・!」 不意に感じる下半身の鈍い痛みと、身体全体に広がる倦怠感。 その痛みにシンは僅かに顔を顰めた。 予想していなかった痛み。 「・・・レイの馬鹿・・・。」 ベッドに腰掛けた状態で眠っているレイに悪態を吐いてみる。 反応は返ってこないと、わかっていても言えずにはいられなかった。 部屋には簡易だが台所もついている。 冷たいものを飲む気にもなれないし、自分で暖かい紅茶かミルクでも作ろうかとも考えたが、この身体の痛みではその考えも消え失せた。 ・・・なんか買ってこよう・・・ 幸い部屋の近くに休憩所があり、そこで飲み物くらいなら買える。 シンは小さく溜め息を吐いて自分の身体を見た。 身体に残る痛み意外は何事も無かったかのように、綺麗に現れている自分の身体。 下着もしっかりと穿かされていた。 レイがやってくれたんだろうな、と。 それは紛れもない事実なんだろうけれど、それを認めるとなんだかとても恥ずかしくて、頭の中に残る行為の余韻を振り払うかのように小さく頭を振り、シンはレイの眠るベッドから立ち上がった。 腰は痛いし、身体は鉛を入れられたかのように重い。 いくら近い場所に休憩所があるといっても、下着だけ身に着けている裸同然の姿で部屋を出るのは当然嫌だった。 身体の痛みも歩けないという程ではない。 少しなら歩くことができる。 そう考え、なんとかシンは自分の衣類を掻き集め、それを身に着ける。 アンダーのシャツとパンツに、いつもの赤の軍服だけを羽織った姿。 「・・・まあ、いいか・・・。」 自分でもなんとも微妙だと思ったがこんな真夜中に出歩く人などそういないだろう。 シンは軋む身体を引きずるように、そっと部屋を抜け出した。 しかし、誰もいないと思っていたその場所には先客がいて。 「こんばんわ。」 ふわりと優しく微笑まれて、シンはその場に固まる。 「こんな夜中にどうしたの?そんな格好で。」 「・・・喉が、渇いて・・・。」 シンに向かって優しく問いかけられるその言葉に、シンはそれだけを口に出すのがやっとで。 できれば誰にも会いたくないと思っていたのに、よりにもよって自分の上官に会ってしまった。 それも自分の所属する隊の副隊長である人物。 「・・・キラは、どうして・・・?」 シンとは違い、しっかりと紅い軍服を着込んだ、キラ・ヤマトがそこにいた。 「僕はちょっと休憩。」 シンの質問に人好きのする笑顔を崩さずに、キラは答える。 キラは上官である立場であっても、プライベートにまでそれを持ち越すのを良いと思っていなかった。 だからこうして軍務を離れたときは、副隊長と呼ばれることを嫌う。 始めは戸惑っていたシンもキラに押し切られ、結局このような場面では名前で呼んでいる。 しかし、今となってはそれがもう当たり前で、何も違和感無く呼べることができるようになったけれど。 「休憩?」 「うん、そう。今日中に仕上げたいOSが合ってね・・・て言ってももう日付変わっちゃったけど。」 「それは、お疲れ様・・・です。」 「ありがとう。」 シンがそう言うと本当に嬉しそうな顔でキラは笑った。 その笑顔につられてシンも少し口元を緩める。 「ねえ、立ってないでここに座りなよ。」 キラは自分の座っている隣の場所を軽く叩いてシンを手招きする。 「・・・ん。」 シンの固まっていた身体の緊張も解け、ゆっくりとキラの座っている長椅子まで移動した。 移動して座るまでの間、キラはじっとシンを見据える。 その視線にも気付かないほど、シンは先程のレイとの行為で疲れ果てていて。 いつものシンよりも幾分か鈍い動作に、キラが僅かに顔を顰めたことにはシンは気付けなかった。 「ねえ、シン。奢るから僕の休憩に付き合ってくれない?」 「え?!いや、いいっ!自分で払う・・・!」 「なら、命令。シン・アスカ隊員、僕に奢られなさい。」 「・・・卑怯だ。」 拗ねたようなシンの口調に、キラは小さく笑って立ち上がると、二人分の飲み物の代金を販売機に入れた。 シンが口を挟む間もなく、勝手に飲みものを選択してしまう。 ・・・冷たいものとかだったらどうしよう・・・。 キラの様子を見ながら、内心少し焦ってそんなことを考えていた。 「はい。」 「あ、ありがとう・・・。」 しかし手渡された紙コップの中身は、シンが望んでいた暖かい飲み物で。 「眠れない時は、ホットミルクが一番だよ。因みに僕はホットココア。疲れたときには甘いものっていうからね。」 渡されたものに口をつけながら聞いていたその言葉に、シンは目を見開いた。 そんなこと一言も言ってないのに。 「そんな驚くことないよ。シンを見てれば何考えてるか大体わかるから。」 「・・・単純だって言いたいんだろ。」 「ちょっと違うかな。なんかわかっちゃうんだよ。例えば・・・さっきまで君が、誰と、どんなことしてた・・・とか。」 「・・・なっ・・・!」 シンは出かかった疑問の言葉を止めた。 そんなこと言ってしまったら肯定してしまったことになる。 慌てて口を噤んだシンを見て、キラはどこか含みのある笑みをした。 「そういう反応は、単純かな。」 「・・・っ!!」 「あーあ・・・、よく見れば首にもキスマークいっぱいついてる。これは明日前開けられないね。」 呆然としたままのシンの首元を覗きこみ、キラはどこか感心した声を出す。 シンにはその声がどこか遠くのものに聞こえて。 「・・・・・・・・気が変わった。」 低く、小さく言われた言葉はシンの耳には届かなかった。 近づく中性的で整った顔を呆然と見ていた。 その言葉と同時に唇に感じた、柔らかさと温かさ。 それがキラの唇だと理解するまでに少しの時間がかかって。 「・・・き・・・ラ・・・?」 重なっていた唇が少し離されて、キラの顔が綺麗に微笑みの形を象る。 「今ので、奢り無しね。」 「あ・・・」 明らかに混乱して言葉が返せなくなっているシンの唇に、キラの指先がそっと触れた。 ただ触れているだけなのに。 間近で見るキラの微笑みと、唇に感じる指の感触。 それだけなのに、シンの動悸は激しくなって。 「シンっ!!」 静寂の中を突き破る声に、キラとシンは同時にその声の方向へと振り向く。 「・・・レ・・ィ・・?」 「どうしてこんな所にいるんだ?」 「喉渇いて・・・。」 シンに向かって駆け寄ってくるレイ。 その姿は今のシンほど軍服を着崩した姿ではなかったけれど、首元が開き首筋に金の髪が絡んでいた。 「・・・本当に、君はシンしか目に入らないんだね。レイ・ザ・バレル。」 シンの姿だけを求めるレイに、キラは呆れたように言う。 「・・・失礼しました、ヤマト副隊長。」 レイはキラを青い眼で射抜くように睨みながら軽い敬礼をした。 鋭い光を放つその瞳に、キラは表面だけの笑みを浮かべる。 「シンに対しては結構態度柔らかいときもあるのに。それほど大事?」 「・・・それが何か。」 その会話をシンは一人青褪めながら聞いていた。 上官に、自分達の関係が暴かれたというのに何故平然としていられるのか。 決して表情を崩さないレイ。 どうしてレイがこんなことをキラに対して言うのかわからなくて。 シンは縋るようにキラを見上げた。 「よかったね、シン。愛されてて。」 けれどそうしてにこりと微笑まれて。 その全てを覚ったような微笑みに、シンはどう返したらいいかもわからなくて。 結局シンが何かを言い訳する前にレイによって部屋に戻されてしまった。 再びベッドの上でシンが散々鳴かされたのも、それからほんの数分後。 訪れた静寂の中に、キラは誰かが入ってくる気配を感じた。 それが群青の髪と翡翠のような目を持つ、幼馴染であるアスランだということは見ずともキラには理解できる。 「・・・どうするんだ?」 キラは長椅子に黙って座っていた。 かけられた声に振り向くこともなく、長い足を投げ出して天井を見上げる。 「どうするもなにも、ちょっと予想外。まさかレイがこんなに早くシンに手を出すなんて、思って無かったよ。」 「それで?諦めるのか?」 その顔は少し意地の悪そうな笑顔。 アスランのその顔を、キラは横目でちらりと見た。 「まさか。絶対に、奪うよ。」 2ーーーーーーー 混乱する。 頭の中が全部入り交ざって。 綺麗に整理する事など、到底無理だ。 あの夜から何かが変わったのか。 そう聞かれたなら、周りから見た答えはNO。 シンはそのことに安堵していた。 レイとの関係が自分達の上官であるキラに知られてしまい、もしかしたらこのまま全ての人に知られてしまうのはないかと、内心焦っていたのだ。 しかし、焦るシンとは反対に、レイとキラはいつも通り何も変わらない。シンとレイは恋人関係のままであるし、キラはザラ隊副隊長という、二人にとっては上官の立場に変わりは無い。勿論、他の誰かに知られるという事もなかった。 シンにとって変わった事と言えば、あれからシンとレイは何度も身体を重ねているという事。 シンはレイに求められるまま、毎日毎夜抱かれていた。身体が辛くないと言えば嘘になる。毎晩求められれば身体に負担が掛かることは当然の事で。 それでも拒まないのは、最中のレイが普段よりも数倍シンに優しく接するから。 拒もうと思っても何度も抱きしめられ、耳元で名前を呼ばれ、優しく口付けられてしまえばもうシンには拒む事など出来ない。結局は毎晩その繰り返しで、シンはレイを受け入れていた。 そうしてシンとレイは触れ合う事が多くなった。 けれどもう一つ変わったのは、キラとシンはあの夜からプライベートでの会話は無いに等しい事だ。 訓練や任務のことで言葉を交わす事はあっても、それはあくまでも『副隊長』と『隊員』としての本当に事務的なもので。 シンは上官としても一人の人間としてもキラのことは嫌いではなかったし、更に言えば慕っていた所も大きい。 あの夜の事は、シンは深く考えていなかった。きっとからかいだとか、キラの言ったとおりに飲み物代のようなものだと思っている。キラの普段の戯れの一つだろうと解釈していたのだ。 しかしそんなシンの考えとは逆に、キラとシンとの会話が減少した事は確実な事で。 シンはその事に対しに始めは憤りを感じていた。 キラからの勝手にしてきたことなのに、あんまりではないかと一人苛々していたのだ。 それでも時間がたてば憤りよりも、戸惑いや寂しさが出てくるもの。親しくしていたからこそ、現状はシンにとって寂しいものがある。 そう思っていた矢先。 「ねえ、遊びに来ない?」 突然キラにそう声をかけられ、シンは心底驚いた。 目を丸くしたまま立ち尽くすシンにキラは微笑んだまま言葉を続ける。 「一人部屋は寂しいんだ。暇だったら来ない?」 寂しい。 キラの口から出たその言葉にシンは微かな反応を示した。 一人の寂しさは、シンにも理解できる。 今はレイとの二人部屋でその寂しさを感じる事もないが、あの部屋に一人で過ごす事を考えると胸が締め付けられるように痛い。 そのシンが寂しいという言葉に、しかもキラの誘いを断れる筈も無く。 「・・・行く。」 そう答えて、嬉しそうに顔を綻ばせたキラの横を歩いていった。 シンが隊長、副隊長に与えられる個室に入るのは初めてだ。 キラに続いてその部屋に足を踏み入れたシンは、その広さに言葉を失った。広いのだ。二人部屋でもある自分の部屋よりも、明らかに広い。 「立ってないで座ったら?」 呆然と立ち尽くしていたシンに、キラは備え付けのソファを指差してそう言った。 「え・・・・あ・・・・うん。」 その言葉に促されるようにシンは一人で座るには大きすぎるソファに腰を下ろす。キラは簡易キッチンの方に一人向かっていった。 キラの後姿を見送った後、シンは再度部屋を見渡した。 部屋も広ければ、その分家具も大きい。今座っているソファも大きいが、ベッドのサイズもクイーンサイズかという程に大きい。 「・・・・・こんなに広い部屋いらないんだけどね。」 呆然と部屋を見渡していると、少し困ったような口調でキラはそう言った。 そしてカップを二つ持ってシンの隣に腰を下ろす。 「はい、お茶。零さないようにね。」 「・・・ありがと。」 手渡されたカップからは、紅茶のいい香りと白い湯気が立っている。 軽く礼を言ってからカップに口付けると口の中には紅茶そのものの、少しだけほろ苦い味が広がった。 「シンはストレートでも大丈夫なんだ。凄いね。」 「別に凄い事じゃないよ。」 「だって僕ストレートなんて絶対無理。」 「キラでも苦手なものってあるんだ。」 シンが知るキラはいつも完璧そのものだ。 隊長であるアスラン・ザラに負ける事のないその能力値の高さは、ザフトでは知らない人などいないほどに目を見張るものがある。実際シンも情報処理の能力、MSの操縦、白兵戦の実力等どれに置いても、キラには何一つ適わないのだ。 しかしそれを鼻にかける訳でもなく、訳隔てなく人に接する姿は本当に完璧そのもので。 そんなキラにも苦手なものがあるということが、シンにとっては少し意外な事だったのだ。 「酷いな、僕だって人間なんだから苦手なものくらいあるよ。」 「それがストレートの紅茶?じゃあコーヒーも飲めないのか?」 「勿論。砂糖入れてもミルク入れても飲めないよ。」 小さく笑いながら、キラは自らのカップに口付けた。 シンは久しいキラとの会話や、初めて聞く苦手なものに幼い子供のように興味を示している。 シンのその様子にキラは目を細め、持っていたカップをソファの前にあるテーブルの上に乗せた。そして瞳を輝かせるシンに向かって優しく笑いかけ、口を開く。 「そういえば、今日はレイと一緒じゃなかったね。」 突然レイの名前を出されてシンは一瞬で顔を赤く染めた。 キラがシンとレイの関係を知っている為、シンにとっては余計に気恥ずかしいものがある。 「・・・俺、上官に呼び出されてて。それで先に部屋に戻れって言ったから。」 「へぇ・・・、待ってるって言われなかったの?」 「・・・・・・・・い・・・われた・・・・けど・・・・・・・」 シンは口篭りながら小さな声を出す。 キラの言うとおりレイは話が終わるまで待つと言っていた。 「いいよ、先に部屋帰ってろって。」 しかしシンは、レイの申し出をそう断ったのだ。 あの夜から何処に行くにもシンの隣にはレイがいる。以前から共に行動する事が多かったが、今は更に多くなった。 その事ををシンは嫌だと思った事はない、寧ろ嬉く感じている。けれどレイを自分の予定で振り回している気がしてならないのも事実。 だから今日はシンなりにレイに気を使い、話が終わった後一人で部屋に帰る途中だったのだ。 シンも本当は聞かれても正直に答えるつもりなんてない。 しかし、シンがキラに嘘など言ったとしても簡単に見破られるのが解り切っていて。 「本当に、君はレイに愛されてるね。」 綺麗な笑顔でそう言われ、シンの顔は更に赤く染まり俯く。 あまりにも初々しさが漂うその反応。 それを見たキラは表情を変えないまま、何も言わずにシンの手に握られていたカップを自らの手に取った。 「あっ・・・・・・・」 決して無理矢理ではないけれど、やんわりと奪われたようなカップ。 キラの手によってテーブルに置かれたそれに、シンは少しの名残惜しさを感じて顔を上げる。 抗議の一言でも上げようかと。 そう思って、シンが口を開きかけたその時。 声を一言発する前にシンの身体はソファに倒れこんだ。 柔らかいソファに倒されて、体に痛みこそ感じないが驚きと戸惑いは生じる。シンは自分の真上にいるキラの顔を思い切り睨み付けた。 「・・・・・・・・ぁ・・」 突然の行動に文句の一つでも言おうとした口は、キラの表情を見た途端に言葉を失った。 つい数秒前までは、本当に綺麗で優しい笑顔を浮かべていた。 しかし今のキラの表情はシンが見た事の無いもので。 MSに乗っている時の表情でもなく、パソコンに向かっている表情とも違う。どう表現していいのか分からない、けれど冗談やからかい等は決して感じない真剣な眼差しを持った表情。 シンは身体を強張らせた。 キラのその表情を目にして、何故だか恐怖の感情がシンに襲いかかったのだ。 けれど目を逸らす事が出来ない。 指の一本すら動かない。 キラは何も言わなかった。 何も言わずに凍りついたようなシンの耳元へ唇を寄せる。 「・・・・や・・」 耳朶に感じた生暖かい感触に、シンの口からは意思とは関係のない声が漏れた。 それでもシンの身体は固まったまま動かない。 キラの手は軍服の上からシンの胸の突起を探る。 「・・・・・・・・・ん・・っ」 そしてシンが小さく反応を返す場所に、強く指先を擦り付けるように押し付けた。 「ぅあ・・っ!」 布越しと言えども快感を覚えた身体は反応を返す。 キラは何度もシンのそこを刺激しながら、耳に寄せていた顔を首筋へと移動した。そして白いままのそこに血が滲むほどに強く、歯を立てる。 「・・・・いたっ!!」 その痛みにシンは目を見開いた。 しかしキラは何度もシンの首筋に強く、弱くと歯を立て続ける。 何度も繰り返される痛み。 「・・も・・・やめ・・・っ!!」 それに耐え切れなくなったシンは固まっていた腕でキラの身体を押し返した。 「・・・・・・・えっ・・・?」 シンの腕に押されるように、キラの身体はいとも簡単にシンの身体から離れる。余りにも簡単に剥がれたキラの身体にシンは呆然としながら瞬きを繰り返した。 キラの顔はいつもの笑顔に戻っている。 「全く・・・・・・」 そう声を出しながらキラは呆然とソファに転がったままのシンの身体を起こし、乱れた軍服を丁寧に直し始めた。 「君は無防備過ぎるよ?」 詰襟までしっかりと止められ、息苦しさに顔を顰めているとキラは微笑んだままそう口にした。 「な・・・っ!」 「そんな簡単に押し倒されちゃって。僕じゃなかったらどうするの?このまま犯されたよ?」 「お、おか・・・・・」 その言葉にシンはうろたえ再び固まってしまう。 キラは小さく声を上げて笑い、固まったシンの頭に手を伸ばすと柔らかな黒髪を優しく撫でて。 そしてシンの頬に軽く口付け、小さな声で名前を呼んだ。 「・・・・・・シン。」 綺麗な笑顔と同じような透き通った声に、シンは首までを瞬時に赤く染めて。 「・・・・お、俺、もう戻る・・・っ!!」 「うん。我侭聞いてくれてありがとう。」 慌てたシンの声にもキラは動じずに微笑んで答える。 シンはソファから下り一度もキラを振り返ることも無くドアまで駆け寄ると、そのまま自分の部屋まで走り帰っていった。 徐々に小さくなっていく慌しい足音。 それを聞きながら、キラは口元だけを歪めて笑った。 3ーーーーーーー 通路を立ち止まりもせずにシンは、自室まで一気に走りぬけた。途中で何人かの通行人にぶつかりそうになっても足を止めようとはしなかった。 先程のキラの声が、表情が脳裏に焼きついて離れない。考えたくもないのに頭の中に次から次へと勝手に浮かんでくる。 シンはきつく唇を噛み締め、無我夢中で通路を走った。 部屋に辿り着いた頃には息が荒く乱れていて。 それが止められた詰襟のせいで余計に息苦しく感じる。 「・・・・・・っ・・・・」 眉を顰めて、襟元に手を掛けた。 顔が熱い。 それは、きっと走ったせいだけではない。 脳裏に浮かんだ紫紺の瞳を払うかのようにシンは頭を振り、いつものように手荒に襟を開けた。 「シン、遅かったな。」 「・・・レ・・・・ィ・・・っ?」 カードキーでドアを開けてすぐに聞こえたレイの声に、シンは息を切らしたまま答える。そのシンの様子に、レイは僅かに顔を顰めた。 「・・・?お前、何してきたんだ?」 「な、何って・・・っ?!」 「それは俺が聞いている。」 レイは目を通していた書類をデスクの上に置き、シンに視線を移す。 「な、なんでもないって・・・。ちょっと走ってきただけで・・・」 「ちょっと?ちょっとでそこまで息が乱れるのか?」 「全力疾走したから・・・っ」 「何で。」 「・・・・・・・・・・・走りたかったから。」 シンのその言葉に、レイは溜め息をついた。 余りにも説得力の感じられない言葉の数々。 シンの顔色は普段よりも赤味を帯び、真紅の瞳は至る所に視線を変えている。 しかし、それがレイの瞳に定まる事は無く。 「・・・・・・・シン。」 レイが名前を呼ぶと、シンの華奢な大きく肩が揺れた。 「・・・な、なに・・・?」 「俺を見ろ。」 拒否を許さない言葉。 レイのその言葉にシンが逆らえるはずもなく、揺れていた視線は恐る恐るレイのそれに重なった。 重なったシンの紅い瞳にレイは眉間を寄せる。 明らかに戸惑いと混乱を訴え、しかし懸命にそれを押し隠そうとしているようなその瞳。 そんな些細なことに気付けないほど、シンとレイの関係は浅いものではない。 更に、唯でさえシンは感情が顔に出る事が多く、言葉に出さずとも顔を見ればレイにはシンの考えの大体の事は理解できる自信がある。 何かを隠している時のシンの表情などレイは何度も見てきている。 けれどそれは問いただしてみれば、何か物を壊したりだとか人の物を勝手に使っただとか本当に小さい事ばかりで。 部屋に入ってきた時のシンを少し見たときは、またそのような小さい事だと思っていた。 だからレイも軽く注意して、それで終わらせるつもりだったのだ。 しかし、その考えもシンの瞳を見た時に違うものに変わった。 明らかにいつもとは違う。 レイは眉間を寄せたまま、入り口で立ち尽くしたままのシンに歩み寄る。 徐々に近くなっていく距離。 それでもシンが、レイの蒼い瞳から視線を逸らす事は無く。 そして腕を伸ばせば指先が相手に触れる距離までに近まった時。 何気なく見たシンの首筋に、レイは目を疑った。 白い首筋に生々しく残る、跡。 血が滲む程に色濃く残された覚えの無いそれ。 「・・・・レイ・・・・・?」 急に目を見開き固まったレイに、シンは不思議そうに首を傾げながら声を掛ける。 「・・・・シン・・・・・・・」 シンの声に答えるかのようにレイは小さく名前だけを口にした。 「何・・・?」 そして、何があったのか、と。 そう声に出そうとした。 けれど口にすることが出来なかったのは、紫がかった瞳を持つ、その人物の姿が視界に映ったから。 「ドアも閉めないで何やってるの?」 柔和な笑顔を顔に浮かべシンの後に立つその人物。 「・・・キラ・・・っ?!」 背後からの声にシンは見るからに驚き、後を振り返った。 キラは普段通りにシンに微笑みかける。 「そんなに驚かなくってもいいのに。」 「普通驚くだろっ!」 「そう?」 隊長、副隊長が自ら下の階級に者の部屋を訪れる事など滅多に無い。その副隊長であるキラが、シンとレイの部屋に姿を現したのだ。シンが驚く事も当然の事で。 しかし、そんなシンとは対照的にキラは穏やかな笑顔でシンに接している。 誰からも好かれ、信頼されているキラ。 レイもその実力の高さは認めているし、少なからず尊敬の思いを抱いているのは確かだ。 けれどレイは、キラ・ヤマトという人物には深い係わり合いを持ちたくはなかった。 「・・・何か御用ですか?」 「本当に君は愛想無いね・・・、用ならあるよ。」 感情の無い瞳でキラに問いかけると、キラは溜め息を吐きながら一枚のディスクをレイに差し出した。 「これを渡しに来たんだ、さっきシンに渡し忘れちゃってね。追いかけようとしたんだけど・・・、シンは走るの早いね。追いつけなかったよ。」 「・・・・・・・っ!!」 キラの言葉にレイとシンが目を見開くのは同時の事だった。 それでもキラは顔色一つ変えず、シンに目を向ける。 「それと、シン。」 「な、なに・・・っ?!」 「アスランが呼んでたよ。急ぎみたいだから早く行ってあげて?でも、今度は走らないようにね。」 シンはその言葉に返答もせず俯いたままキラの横を通り過ぎる。 先程のキラとの行為を思い出し、まともにキラの顔を見る事が出来なかったのだ。 「本当にシンは可愛いね。」 言われた事を律儀に守って歩いていくシンの背中を見ながら、キラは小さく声を漏らした。 その言葉に、レイは瞳を細めてキラを睨みつける。 「・・・・あなたですか?」 シンに跡を着けたのは、とレイは聞かない。 それを言わずともキラに伝わるのはわかっている。 「そうだよ、宣戦布告ってやつかな。」 「シンは俺のものです。」 レイの鋭い視線にも、キラは笑みを崩さない。 「だから何?」 平然と返してきたキラに、レイは更に表情を険しくしてキラに詰め寄った。 「シンに、必要以上の接触は避けて頂けませんか?」 「そうしたらシンが寂しがるよ。寂しいって顔してたでしょう?」 そう言ったキラは綺麗に微笑んだままで。 レイはその表情と言葉の意味を理解した時、湧き上がるような憤りを感じた。 「分かってやっていたのか・・・っ?」 「さあ?どうだろうね。」 レイの頭に過ぎったのは、ここ数日のシンの表情。どこか寂しそうで、時々捨てられた子猫の様な目をしていたシン。 原因は解っていた。 目の前の、この人物。どんなに悔しくともそれ以外には考えられない。 シンはキラを慕っていたし、キラもシンを可愛がっていた。そのキラがあの夜から幾分かシンに対して距離を置くようになったのだ。 シンはそれに寂しさを覚えていたが、レイはそのことにどこか安堵していた。 キラが、シンに対して特別な感情を持っているのを感じていたから。 周りは気付いていないかもしれないが、同じくシンに恋愛感情を抱いているレイだからこそ、キラの想いに気付いていた。 不安だったのだ。 シンが自分の側から奪われるのではないのかと。 だからレイは安堵したのだ。 キラが離れた事にシンが寂しい瞳をするのは嫉妬もしたけれど。それでも自分と一緒にいる時のシンは、自分の想いを受け止めてくれた。 だから、シンがあんな表情をするのも今だけだと。 そう言い聞かせていたのに。 「・・・押してだめなら引いてみろって言うじゃない?あれ、当たってるね。」 本当に楽しそうに、キラはレイに言葉を言い放つ。 「どういうつもりだ・・・」 「わからない?」 「・・・あなたのしていることは、シンを苦しめているだけだ・・・っ!」 「そうかな、シンは苦しんでない。寂しいんだ。僕が近くにいないことが・・・ね。」 「・・・なにをっ!」 キラの表情は変わらない。 誰もが竦みあがってしまいそうな冷たく険しいレイの視線を受けていても、その顔から笑顔が崩れ落ちる事は無い。 「今は、君のものだけどね・・・それは認めるよ。」 そう言いながら、キラは一度視線を足元に落とした。 「これからも、変わらない。」 レイは俯いたキラに向かって言葉を紡ぐ。 そうだ。 渡さない。 絶対に、シンを渡す事は出来ない。 レイにとってシンは何よりも大切な存在だ。 自分の上官であろうと、渡す事は出来ない。 そのレイの思いを見透かしたように、キラは俯いていた顔をゆっくりと上げ、レイの視線を真っ直ぐに受け止める。 レイはその紫紺の瞳を見て、一瞬言葉を失った。 表情は微笑を変えずに。 けれど、瞳だけは鋭い刃物から発せられるような紫電を放っていて。 「だから、もう手加減なんてしないよ。」 そう言い放ったキラの瞳からは余裕さえも感じられた。 それが悔しくて堪らなくて。 「絶対に渡さない・・・っ!」 レイはキラを睨み付けた。 キラはそれでも全く動じず、レイの蒼い瞳を見据える。 そして、目線を柔らかいものに変えた。 「・・・僕と君がこんなこと話しててもしょうがないね。もう夜も遅いし、そろそろ戻るよ。」 「・・・もう二度と来ないで下さい。」 「それが上官に向かって言う言葉?」 「では、ヤマト副隊長も部下に対する言葉を考えてください。」 「それもそうだね。」 また来るね。 キラはそうレイに言い残し、開いていたドアを閉め自室へと帰っていった。 レイは一人残った部屋で立ち尽くした。 掌を握り締め、俯く。 キラの瞳はどこまでも本気で。 自分と同じく、本気でシンを想っている瞳だった。 それでも譲れない。 シンだけは、譲る事は出来ない。 そうやって考え込んでいると、目の前のドアが機械的な音を立てて開いた。 その音に反射的に顔を上げると、愛しいその姿。 シンは先程のこともあってかすぐにドアを閉め、立ち尽くすレイの姿を見て目を見開いて。 「レイ?ずっと立ってたのか?」 言いながらレイの顔を覗きこむシンの首筋には、キラのつけた紅い跡が消えることなく残っている。 その跡が、レイにはキラが自分のものだと言っているように思えて。 レイは、堪らずシンの身体を思い切り抱きしめた。 「・・・レイ・・・っ?!」 突然抱きしめられて、シンは少し高めの声でレイの名前を呼ぶ。 レイはその声にも答えず、細い身体を掻き抱くように腕を回した。 腕の中にあるこの存在が、誰にも奪われないようにと。
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