僕と君とその他。 1



 「待って嫌だっ!ダメだってば・・・っ!!」

 「なんで?」

 「なんでじゃないっ!なんでいきなりこんなこと・・・!!」

 現在のシンの位置はベッドの上、キラの身体の真下。
 つまり、ちょうど押し倒されている状況。

 二人でベッドの上に座って他愛もない話をしていて、なんとなく甘い雰囲気になって。
 キラとシンは俗に言う恋人同士という関係で。
 啄ばむような軽いキスなら何度もしてきているし、ただ抱き合って眠ることも最近では毎日だ。
 シンはそれで満足していた。
 
 好きな人の体温を感じながら眠ることはとても心地良い。
 朝目が覚めた時に大好きな人の寝顔が間近にあることも、とても嬉しいと思う。


 しかし、そう思っているのはシンだけで。


 キラは日々悩んでいた。
 無防備に擦り寄ってきて、可愛い寝顔を毎晩晒されてはただ眠るだけの毎日。
 キスはしているものも、それは本当に軽いもの。
 少し触れて離れる程度の子供のキス。

 キラもその関係に不満があるわけではないのだ。
 小さなキスでも、キスはキスで。
 抱き合って眠ることにも喜びを感じるのは事実。


 不満ではない。


 しいて言えば、限界なのだ。


 キスをすれば、もっと深いものをしたいと思う。
 その華奢な身体に触れれば、もっと奥まで触れたいと思う。
 

 でもシンが今の関係で満足していることは、聡いキラにはわかっていた。
 しょうがない、と諦めていた。
 シンが色々な意味で大人になるのを待とう、と。

 そう思っていたけれど。

 限界を、遂に越えたのだ。

 ふと目が合って、キスをして・・・そこまではいつも通りだった。
 しかし軽く触れて離れる筈のキラの唇はなかなか離れようとしないで、それどころか更に深く合わせられる。
 舌が絡められ、口腔を蹂躙されるようなキスにシンの身体から力が抜けて。
 されるがままシンの身体はベッドに倒され、キラがシンの着崩した軍服のせいで露わになっている首筋に顔を埋めた。
 シンは先程の深いキスに頭が真っ白になっていて。
 不意に感じた首筋の痛みに、今の状況を理解した。

 そして、現在の状況。

 キラは自分の下で真っ赤に顔を染めているシンの顔を覗きこんだ。
 突然のことに暴れる腕はキラの両手によって、ベッドに縫い付けられるように押さえられている。
 その顔は横に逸らされて綺麗な紅い目も、表情もよく見ることはできない。
 僅かに見える口元は、今にも血が滲み出てきそうなほど、強く噛み締められていた。

 「なんでそんなに嫌がるかなあ・・・?」

 あまりにも嫌がるシンの様子にキラは少し悲しげに苦笑した。
 確かに突然のことで。
 あの純粋なままの関係を望んでいたシンが、驚くのも無理はないと思うけれど。
 ここまで嫌がられては、少し自信を無くしてしまう。

 「・・・そんなに嫌・・・?」

 キラはシンの耳元で優しく、でもどこか哀しみを含む声でそう聞いた。

 「そんなに僕とこういうことしたくない・・・?」

 その声に反応するようにシンは小さく身体を揺らす。
 
 「・・・だって・・・。」

 未だに顔は逸らされたままで小さく返されるシンの声。
 その声を聞き逃さないようにと、キラはシンの頬に鼻先が当たりそうになる距離まで顔を近づけた。

 「・・・こういうことしたら、キラは、俺のこと飽きるって・・・。」
 「・・・はぁ?」

 予想外の言葉にキラは目を丸くしたが、すぐに顔を顰める。

 「・・・誰に聞いたの?」
 「・・・レイ・・・。」
 「あのね、シン・・・。」

 キラはあいつか、と小さく溜め息をつき拘束したままのシンの両腕を離した。
 そして、自由になった自分の両掌でシンの幼さが残る顔を包み込み、額を合わせる。

 「シンもそういう風に思う?」
 「何を・・・?」
 「僕のこと。そんな奴だと思ってるの?」
 「・・・思ってない。」
 「ならどうしてそんなこと言うの?僕のこと信じられない?」

 キラのその言葉にシンは小さく首を横に振った。


 「僕は、シンのことが好きだから君に触れたいと思うし、今まで以上のことしたいと思うんだよ。僕が君に飽きるなんて考えられない。」


 はっきりと告げられたキラの思い。
 シンは歪んでいた表情を和らげる。

 「わかった?」

 キラが確認するように尋ねると、シンは頷いて答える。

 「今度飽きるなんて言ったら、いくら僕でも怒るからね。」
 「・・・ん・・。」

 優しいけれど、どこか厳しい口調でキラはそう告げた。
 それに答えるようにシンはキラの首に腕を回し、キラはゆっくりとシンの唇へと自らの唇を近づける。



 「キラ、仕事が・・・」



 それらが重なり合おうとしたちょうどその時。
 突然割り込んできた声に、シンは文字通り固まり、キラはきつく顔を歪めてその声の主を睨み付けた。
 「・・・何、アスラン。」
 「いや・・・、仕事が・・・溜まって・・・」
 普段はあまり見ることのない幼馴染の、まさしく鬼のような形相にアスランは途切れ途切れに言葉を出すことが精一杯だった。
 そのアスランの言葉に反応したのは、キラではなく固まっていたシンで。

 「き、キラっ!仕事あるなら仕事やんなきゃだめだろっ!俺、自分の部屋戻るよ!」

 そう言って颯爽とキラが行動する前に早くその身体の下から抜け出すと、アスランにも目を向けず出口へと足早に歩いていった。
 
 「シンっ!!」

 そしてシンが扉に手を掛けた瞬間。
 キラはその後姿を呼び止める。


 「1時間だけ、待っててくれる?」


 シンはその言葉の意味を理解し瞬時に顔を紅く染めた。
 震える指先でドアに触れきつく目を閉じ、ほんの数秒沈黙すると決心したように口を開く。


 「・・・それ以上待たないからなっ!」


 紅く染めた顔をキラへと向けることなくそう言い放ち、シンは部屋を出て行った。
 しかし、先程のキラの言葉に驚いたのは誰でもないアスランで。


 「お前っ・・・!これ半日はかかるぞ・・・?それを1時間で・・・」


 うろたえる幼馴染に、キラは今までにない程の険しい紫の目で睨み付けた。




 「終わらせるんだよ、1時間で。」




 「・・・・・・了解。」

 アスランは涙ながらに頷いた。


 結局、そのアメジストの瞳を持つ彼に、誰も反抗することなどできないのだ。



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