僕と君とその他。 2


 「はぁ・・・・・」


 何度目になるだろう。
 思わずそう数えたくなる程に繰り返される溜め息。
 アスランは自分の背後から聞こえるそれに顔を顰めた。

 渋々と座っていた椅子を回転させ、その溜め息の主・・・キラへと身体を向ける。


 「・・・・キラ、溜め息吐くなら自分の部屋で・・・」
 「誰のせいで溜め息なんて吐いてると思ってるのさ。」


 咎めようとした言葉は最後まで出す事が出来ずにキラの言葉に遮られる。
 キラの双眸は細められ、アスランを睨みつけていて。
 その紫電を放つ瞳にアスランは額に冷や汗が伝うのを感じた。

 「・・・俺のせいじゃないだろ。」
 「そういうこと言うんだ。」
 「あれは・・・元々はお前が・・・・・・」

 アスランはつい先日の出来事を脳裏に思い浮かべた。

 堪るに堪った仕事を今日こそは片付けてもらおうと思い、キラの部屋を訪ねて。
 何も考えずにドアを開けた。

 悪気は無かった。
 まさか、あんな状況になっているとは思わなかったから。

 キラの部屋には、先客が居た。
 キラが想ってやまない紅い瞳を持つ一人の少年。
 しかも二人の位置はベッドの上。
 そう、ちょうどこれからが本番・・・という時に出くわしてしまったのだ。

 急なアスランの登場に顔を赤に染め、シンはキラの身体の下から抜け出し部屋を出て行って。
 残ったのはキラと、アスランの二人。


 「・・・一時間でなんて無理に決まってるだろ、あの量は・・・」
 「無理じゃなかったよ。アスランがあの時呼び止めなかったら、一時間以内にシンの部屋に行けた。」


 シンが出て行ったあの後、キラの言う通りに一時間で膨大な仕事の山を終わらせる事になってしまった。
 アスランはあの時ほどキラの能力の高さを感心した事は無い。
 もの凄い速さでデータを打ち込むキラの姿には、ある意味恐怖すら覚えた程だ。
 その勢いに押されアスランも自然と作業が早くなり・・・。
 
 そして、なんとか一時間以内に終わった・・・と思い、部屋を出て行こうとしたキラの背中にアスランは言葉をかけてしまったのだ。


 『キラっ!このデータがまだ打ち終わってない・・・っ!』


 その言葉に振り向いたときのキラの表情は、今思い出してもアスランを凍りつかせる。



 「・・・結局さ、シンの部屋に行ったら『一分過ぎたっ!』て追い返されたんだよね。」

 キラはアスランのベッドに腰掛け、頬杖を付いた。

 「それからは避けられて、話すら禄にしてないし・・・」
 「・・・・・・・。」
 「部屋に行ってもレイに追い返されるし・・・」
 「・・・・・・・。」
 「溜め息も吐きたくなるよ。」

 キラの言葉にアスランは何も言い返せずに俯く。

 実際キラはシンに避けられている事に、かなり気落ちしているようで。
 決して表面に出す事はしないけれど。
 幼馴染としてキラの側に居たアスランには良く分かっていた。

 それが全てでは無いと言えども、自分が原因であるという事が胸に痛い。

 「・・・・・・キラ。」

 「・・・まあ、ここでアスランにこんな事言っても解決しないのは、分かってるんだけど・・・」

 そして再び繰り返される溜め息。
 アスランは何も言う事が出来ず、二人の空間には沈黙の時間が過ぎていった。





 キラが部屋を出て行った後も、アスランは一人考える。
 キラがどれだけシンの事を想っているのも知っている。
 シンも、キラの事を想っているのは確かで。
 
 自分にとってキラはかけがえの無い幼馴染で、親友で。
 

 「・・・・・・いつまでたっても、俺はキラに甘いな・・・・・・」


 自嘲気味にそう呟いて、アスランは自室を後にした。









 目当ての人物はすぐに見付ける事が出来た。
 休憩所で友人に囲まれ、談笑しているシンの姿。

 アスランはそこに近付き背中を向けるシンに声を掛ける。


 「シン。」


 アスランの声に、その場にいた者全て。
 シンも驚いたように振り向いて。


 「アスランさん?」
 「今、時間いいか?」
 「・・・はあ・・・」


 怪訝な表情をするシンに、アスランは表情を柔らかくして言葉を続ける。
 

 「話があるんだが俺の部屋に来てくれないか?」
 「・・・・・・いいですけど・・・」
 「良かった。」


 そして、未だに不思議そうな表情を崩さないシンの背中を押すように手を添え、アスランはその場を後にした。
 
 まるでエスコートでもするかのような、その振る舞い。
 その行動に、誰もが目を見開いて凝視している事に気付かずに・・・。









 シンはされるがままに、アスランの部屋へ向かう。
 背中に添えられた手は拒む事を許してくれないように感じた。

 ちらりと、盗み見るようにアスランの顔を見上げる。

 全然似ていないのに。
 アスランと共に行動する事が多いからか。
 思い出すのはキラの、笑顔。

 あの出来事からキラの事は避けている。
 
 嫌だったわけではない。
 只、どのような顔をしたらいいのかシンには分からなかった。

 このままではいけないと分かっている。
 このまま避けてばかりいたら、いつかキラに愛想をつかされてしまうのでは、と。
 
 そう考え、シンは胸の痛みに眉を寄せた。


 「・・・・・・・・・シン。」
 
 「な、何ですかっ?!」


 自分の思いに耽っていたシンは、急に掛けられたアスランの言葉に過剰な反応を見せる。

 「・・・先に部屋に行っててもらえないか?少し用事を思い出して・・・」
 「いいです・・・けど。勝手に入っててもいいんですか?」
 「ああ、構わないよ。」

 アスランにカードキーを手渡されて。
 すまない、と言葉を残してアスランはシンと反対の方向に歩いていく。

 シンはアスランの言葉通りにアスランの部屋へと足を進めた。

 アスランの部屋に訪れるのは初めてで。
 その為かなんとなく緊張してしまう。
 
 それでも手渡されたカードキーでドアを開け、初めて入る室内に足を踏み入れた。
 恐る恐る入った部屋の作りは、自分の部屋とあまり変わらない。

 けれど、居るはずの無い人物を瞳に映した時。
 身体が固まってしまった。



 「・・・・・・キラ」



 この部屋の主ではないキラが、ベッドに腰掛けていて。


 「シン・・・?どうして・・・」


 キラもシンの姿を目にし双眸を見開いた。
 腰掛けていたベッドから立ち上がり、ゆっくりとシンに近付いてくる。
 「・・・・っ・・・!」
 シンは思わず後ず去って。
 無意識の内にキラに背中を向け、閉じていたドアを開けようと腕を伸ばす。
 

 「逃げないで。」


 しかし、キラの言葉に止められシンの身体は再び固まってしまった。

 その身体を、キラは華奢な背中から腕を回して抱き締めて。
 シンの指に自らのそれを絡め、白い指先に小さく口付けた。
 
 「・・・逃げないで。」
 「キ・・・・・ラ・・・・・・」

 シンが出した声は震えていた。
 久しく感じるキラの体温に、身体が熱くなるのが分かる。

 「・・・アスランに、言われてきたの?」
 耳元で聞こえる声にシンは身体を震わせながら頷いた。
 「そう。」 
 短く答える声。
 シンはキラに対して言葉を出す事が出来ず、黙って抱き締められていた。

 「・・・どうして僕の事避けてたの・・・?」
 「・・・っ」
 「また誰かに何か言われた?それとも、シンが僕に飽きた?」

 小さく問われた言葉にシンは真紅の瞳を見開き、顔だけをキラへと向ける。
 キラは、どこか寂しそうに微笑んでいて。
 その表情にシンは唇を引き結んだ。

 「ずっと僕の事避けてたよね・・・?」
 「・・・う・・・・・・」
 「ねえ、どうして?」

 キラの瞳は、真っ直ぐにシンの瞳を映す。
 間近にあるキラの顔。
 本当に近い距離にあるとても綺麗なそれに、シンは顔を赤く染めた。
 「・・・だ・・・って・・・・」
 「だって?」
 柔らかいキラの声色。
 
 
 「・・・だって・・・恥ずかしいだろ・・・!!あ、あ、あんな事あった後で・・・っ!!」


 キラから目を逸らして、放たれたシンの言葉。
 始めキラは目を見開いたけれど。

 すぐに表情を緩めシンの艶やかな黒髪に口付けた。

 「・・・良かった。」
 「何がだよっ!どうせ子供とかそんな風に思ってるんだろっ!!」
 「そうじゃないよ。」
 
 真っ赤になって俯くシンの頬に唇を移す。



 「君に嫌われてなくて・・・良かった・・・」



 本当に、安堵したようなキラの声。

 それから何度もキラはシンの耳朶や首筋に唇を寄せ。
 その度にシンは目をきつく閉じて、漏れそうになる声を耐えて。
 崩れ落ちそうになる足に精一杯の力を込めて、その場に立っていた。

 絡めた指は温かく。
 唇や、そこから覗く舌はとても熱い。


 「・・シン・・・」
 

 時折名前を呼ぶ声は、とても甘い響きを持って。


 「・・・・・キラ・・・・・・」


 名前を呼び返すと繋がれた手に優しく力が込められて。



 「・・・シン、好きだよ・・・」



 言葉と共に繰り返される初めて交わす、唇への深いキス。
 優しい口付けに答えるようにシンは小さく口を開き、キラの舌を受け入れた。













 触れ合った場所全てが熱い。
 何も身に着けていない、互いの肌の熱が直に伝わってくる。

 キラは自らが組敷いているシンの顔を見下ろした。
 快感と痛みに翻弄され、それでもシンは必死に自分にしがみ付いて離れない。
 背中に立てられた爪さえも。
 全てが、シンの全てを愛しく感じる。

 「・・・あっ・・・い、いたぁ・・・・・っ・・んっ」

 「シン・・・」

 キラはシンの頬に口付けた。
 本来使うべきではない場所にシンはキラ自身を受け入れている。
 初めての行為の痛みと、身体の底から滲み出てくるような快感に、シンは大粒の涙を流した。
 
 けれど、どんなにシンが辛い思いをしていても。
 今更止める事など出来なくて。

 「あ・・ぁ・・・き・・・らぁ・・・・・はっ・・・!」

 キラは出来るだけシンが傷つかないようにと、優しく行為を続けた。

 「・・・ぅあ・・・や、あ・・・・・」
 「・・・・・シン、好きだよ・・・」

 揺さぶられるままにシンは声を零して。
 キラは何度も、その言葉を繰り返した。

 





































 ・・・その頃



 「アスランさん、部屋に入らないんですか?」
 「ああ、ルナマリアか・・・・・・・・・部屋は、入れないんだ。」
 「カードキー落としたんですか?意外と抜けてますね。」
 「・・・・・・なんとでも言ってくれ。」
 「でも暗証番号入れれば入れるじゃないですか。」
 「駄目だ・・・っ!!」
 「はい?」
 「それだけは・・・っ!今そんな事をしたら俺に未来はない・・・っ!!」
 「はあ?」
 「でも違うんだ・・・っ!俺はあくまで話し合いの場をと思っただけなのにっ!!!」
 「(何言ってるんだろう、この人・・・)あ、そういえばシンが何処行ったかしりませんか?もう話終わりましたよね?」
 「・・・・・・・・・・・・俺は知らないっ!!!」
 


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