来る事のない 食堂で偶然居合わせたアスランは、僕の向かいに腰掛けた。 「ねえ、アスラン・・・。」 「何だ?」 「片思いって辛いね。」 何気なく漏らしてしまった言葉に、アスランはじっと黙ってしまった。 何が、と聞かなくても彼はもう知っている。 それが判ってしまうほどに、僕達の付き合いは浅いものではない。幼年学校からずっと続いているこの付き合い、年月だけは深いものだ。 そして変わらなく心配性の彼は、きっと僕の思いを理解して複雑な思いをしているのだろう。 きっと報われることのない僕の思い。 「キラ・・、」 自分の口から無意識に出た溜め息は思ったよりも重かった。アスランは眉尻を下げて僕の名を呼ぶ。 アスランがそんな顔をする時は本当に僕のことを心配している時だ。 「・・・僕って、恋が実らなかったことないから。」 「お前なあ・・・。」 少しふざけてそう言うとアスランは普段良く見る呆れた表情になった。 「だから辛いんだよ。さっきも手ひどく追い払われたから。あんなの初めて。」 浮かぶのは、アスランの部下であり、真紅の瞳を持つ、インパルスのパイロットのシン。 時々見かける彼は友人に囲まれて笑っている姿は年相応で、アスランに向って文句を言っている時すらそう。けれど僕を見る彼の目は憎しみと怒りで満ちていた。 幼さが残る顔をきつく歪めて、僕を見据える彼の紅い、紅い瞳。 「なんでかな。一目惚れっていうのかな?」 「あの状況で、あの顔を見て一目惚れとはな・・・。」 「ホントだよね。自分でも吃驚。でも・・・」 好きになった。 ミネルバに配属となって初めて会った時のシンは、初対面は本当に殺されるのではないかと思うほどの剣幕で。 アスランから聞けばシンは先の大戦の時、オーブで家族を亡くし、カガリを酷く嫌っているらしい。そしてカガリと血を分けた双子の兄弟である僕にも、その怒りが降り注がれているという。 確かに僕はカガリとは双子で多分カガリに最も近いものだけれど、僕自身はアスランと同時期にザフトに配属されている身だ。 カガリに向けられる怒りを僕に向けられるのは、少し理不尽ではないかと思い、それにシンのあまりにも直結した考えに苦笑してしまうのも確か。 でも、初めてだった。あんなに真っ直ぐに一つの感情をぶつけられたのは。 たとえ、それが怒りや憎しみだとしても、僕にとってそれはとても色鮮やかなもので。 その瞬間、、もう好きになってしまっていた。 「ある意味感心するよ。」 アスランが苦笑しながら言う。 「だってそう簡単に諦めきれないでしょ。」 「キラはそういう奴だよな・・・。昔はもっと素直で可愛くて甘ったれで、すぐに人に頼るような奴だったのに。」 「いつの話?アスランだって頑固で頭固くて要領悪くてヘタレで・・・あ、今もヘタレだね。」 「・・・キラ。」 アスランのこめかみの辺りが小刻みに痙攣している。 もしかして気にしていた? 「冗談だよ。ごめん、同じこと誰かに言われた?」 「・・・・・・・。」 沈黙は肯定。 誰に言われたんだろうと考えつつ、僕はもう一度ごめん、と謝る。それでアスランも大抵のことは許してくれる。 「・・・話戻るけど・・・」 「ああ。」 「最近は、最初よりもマシになったんだよ。最初なんか任務以外のことで話しかけたら無視だったから。今は無視はしなくなったし、会話だってしてくれるし。」 当初は本当に酷かったものだ。 シンとは会話なんて本当になくてきつい視線だけを送られて、見るからに目も合わせたくないというような気迫をあの細い体中に纏っていた。 でも何度か任務で一緒の部隊になったりして接触する機会はあって、そうしている内に少しだけ、少しずつシンが僕自身と、それと僕を通してカガリのことも考えようとしてくれてるのが分かる。 ついさっきもここに来る途中で偶然見つけたシンに声をかけた。 一緒に行かないかと誘うと、誰が行くか、と冷たい返事が返ってきて。 予想はしていたけど、やっぱり少し寂しかった。 待ってるから。 一言だけシンに言って、僕は一人でここまで歩いてきた。 「・・・でも、待ってるなんて言わなければよかったかな。」 思わず漏らした言葉にアスランは顔を顰める。 「どうして。」 「来ることのない人を待つのは、辛すぎるから。」 何時間、何日待ったってシンは来ないのだろう。 諦めきれないと自分で言っておきながら、どこかで諦めようとしている自分がいる。 僕がシンをどんなに好きでいても、シンにとって僕は多少改善されても憎むべき対象であるのは変わりないこと。シンが少しだけ見せてくれるようになった彼の中には、僕が入る隙もない。 それでも、僕はあの燃えるような赤が忘れられない。 あの赤に僕を映してほしい、と願ってしまう。 見苦しくてもいい。 望みがなくたっていい。 「好きでいることくらいいいよね。」 自分に言い聞かせるように言った僕の言葉に、アスランは何も言わない。 それから何を話すこともなく、お互い無言で時間を過ごした。 アスランが仕事が残っているから、と言って食堂を出て行ったその後も、僕は一人で座っていた。 食堂に来ても、空腹できたわけではないから温かい紅茶だけを淹れた。 ミルクを入れたから白濁とし、温かかったそれも今では僕の手の中で冷え切ってしまっている。 冷たくなった紅茶を見て、僕は自嘲気味に笑う。 コーヒーは昔から駄目で。 あの苦味のある味が好きになれない。だからいつも砂糖やミルクをいれた紅茶やココアを好んで飲んでいる。 幼い頃から変わらない味覚。 大人になればコーヒーだって飲めるようになると思っていたけれど、18歳になった今でもコーヒーは苦手なままだ。 どんなに身体が大人になっても、結局僕は何も変わっていない。 「・・・いつからいたんだよ。」 不意にかけられた言葉に驚いて顔を上げた。 「・・・どうして。」 「・・・あんた、待ってるって言っただろ。」 「来てくれたんだ・・・。」 視線の先には、求めてやまないシンの姿。 僕の好きな紅い瞳は戸惑いを隠せないように下を向いていたけれど。 「いつまでいるつもりだったんだよ。もう誰もいなくなってるのに。」 「ああ・・・、気付かなかった。」 言われて初めて気が付く。 アスランがここを出て行ってから何度か人が入れ替わったところまでは覚えている。僕は座っていた席から一歩も動くことはしなかった。動くことを忘れていたかのよう。 僕の返事にシンは馬鹿だろ、と悪態を吐く。 シンからかけられた言葉だからか、それすらも嬉しいと思ってしまう僕は、本当に嵌っていると思う。 「シン。」 名前を呼ぶと、シンは僕に視線を向けた。 ずっと見たかった綺麗な紅に僕の姿が映し出される。 やっぱり僕は諦めが悪い。 諦めることなんて出来るはずが無い。 来ることのない君が来てくれたから、もう諦めることを考える事すらできない。 好きだよ。 そう言ったら、君はなんて答えてくれるのだろう。 2007/1/6
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