何度でも意味を求める 

 世の中には女と男という二つの性があって、神様ってやつはその二つが対になるように人間を作りあげて。
 対になれる二つは自分の血を受け継ぐ存在を大事にして、最後までずっとずっと一緒にいられる。
 それが普通のことで、そして当然の事だっていうのは俺にだってわかってる。

 でも、気持ちってしょうがない。
 好きになったら止められない。

 初めて好きになったのは、俺と同じ男だった。
 絶対叶わない恋だって思ってたのに、その人も俺の事を好きだって言ってくれた。

 嬉しかった。すごく嬉しかった。
 奇跡って本当にあるんだ、て嬉しくて小さい子供みたいに泣きじゃくった。
 そんな俺を慰めるように抱き締められて、余計に涙が止まらなくなった。
 本当に嬉しかった。
 家族をみんな亡くしてから初めて幸せだって思えた。


 でも、これは普通じゃない。
 
 俺がすごくあんたを好きでも、あんたが俺と同じ位俺のことを思ってくれても。
 どんな奇跡が起こったって、普通じゃない。






 普通じゃないんだよ、キラ。








 







 「・・・良くないと、想う・・・」


 直に日付が変わるだろう、真夜中にも近い時間。
 その時間にキラの個室で、部屋主であるキラと、部下でもあり恋人でもあるシンは二人でベッドに並んで腰掛けていた。
 シンが両手で持っている温かい紅茶が入ったカップからは、白い湯気がそっと立ち込めている。
 俯いてその紅茶の甘い色に視線を落としたままのシンの口から、ぽつりと出された小さな言葉を聞いたキラは不思議そうに首を傾げた。

 「良くないって・・・何が?」
 「お、俺達が・・・こ、こいびとっていうの・・・知られるのが・・・」

 言いながら、シンの顔が赤く染まる。
 恋人になってからまだ日が浅いためか、照れたような気恥ずかしさを感じる表情。
 その表情を微笑ましく思いながらも、キラはシンの言葉の意味を考えて肩を竦めた。

 「恥ずかしい?でも・・・アスランとレイはもう知ってるよ?」
 「あの二人にはキラが勝手に教えたんだろっ?!」
 「だってあの二人には、シンは僕の恋人なんだって言っておかないと不安になるから。」 
 「何だよ、それ・・・っ!!」
 「言葉の通り。」

 悪びれもせずにふわりと柔らかく微笑むキラに、シンは赤く染まった顔を隠すように紅茶に口をつけた。
 砂糖が適度に入った紅茶の甘い味が口の中に広がる。
 普段はコーヒーばかり飲んでいるせいか、たまに飲む紅茶の甘みは体に優しく広がっていくようだ。
 その味に一息吐き、ベッドのすぐ側に置いてあるサイドボードにそのカップを置いた。

 キラはその様子を見て、微かに顔を顰める。
 いつもならもっと噛み付くように言葉を発してくるのに、今はそれがない。

 何だか、シンが思いつめているように見えた。

 「・・・ごめん、嫌だった・・・?」

 それ程までに嫌な事だったのかと、キラは不安そうな面持ちでシンの顔を覗き込んだ。

 「い、いやとかそういうのじゃなくて・・・っ!!」
 
 シンは顔を横に勢いよく振りながらその言葉の否定を示す。
 
 「じゃあ・・・どうして知られる事が良くないだなんて言うの?」

 シンの反応を見てどこか安心しながらも、キラは未だに表情に不安を残したままシンの瞳を見た。
 それに気付いたシンは、慌てて笑顔を作り口を開いた。

 「嫌じゃないけど・・・っ!でも、キラは隊長だし・・・こういう事知られるのって、良くない・・・と思うから・・・!」
 「・・・?」
 「俺はキラの部下だし・・・男だし・・・・・・、だから、恋人なんて知られるの良くないよ・・・。」
 
 シンは顔に笑みを広げながらも、口元を震わせてキラにそう言った。

 どこか切なくも感じるその表情を浮かべるシンの頬に、キラは手を伸ばした。
 優しさが伝わるその手にシンは擦り寄って目を閉じて。


 「・・・・・・俺が女だったら、良かったのに・・・。」


 そう、小さな声で言葉を紡いだ。
 いつものシンからかけ離れた小さな、今にも掻き消されてしまいそうな声だった。
 キラは思わず、きつくシンを抱き締めた。

 『同性』という大きな壁。
 いくらお互いが好き合っていたとしても、それだけは越える事が出来なくて。
 少しだけ、本当に少しだけ。
 キラはシンの身体が震えているのを感じた。

 「・・・・・・馬鹿だね・・・・・・」

 腕が回りきってしまう程に華奢な身体。
 頬に当たる柔らかな黒髪。
 全てを愛しく思いながら、キラは腕の力をそっと強める。


 「僕が好きになったのは君なんだよ・・・・?」


 言い聞かせるように言葉を紡いだ。
 今は見えないけれど、その紅い瞳がどのような輝きを、濁りをもっているのかも、キラには全て分かった。
 必死に背中にしがみ付いてくる細い腕が、どんなに自分を必要としてくれているのかも伝わってくる。
 だからこそ本当に全てが愛しくて、愛しくて、どうしようもない程に愛しくて。

 男同士とか、自分達の立場だとか、そんな事考えなくてもいい。
 誰に何を言われても構わない。
 
 そう言葉にするのは多分とても簡単なことなのだ。
 でもそれを口にするリスクを考えると、キラには言うことが出来なかった。
 傷つくのは自分ではない。
 紛れも無くシンだ。
 
 キラは自身の不甲斐無さに眉を寄せ、抱き締めていた体をそっと離した。

 「・・・でも、君がそうしたいのなら僕は反対なんてしない。君が望む限りの事を僕はする。」

 今自分が出来るのは、これだけだ。
 キラは怯えの色すら感じるシンの瞳に笑いかけ、小さな頭を掌で撫でた。

 「でも、これだけは覚えておいて・・・?」
 「・・・何・・・?」

 キラの双眸にシンの視線が絡む。
 優しく細められた紫の輝きを秘めた瞳は真っ直ぐにシンだけを映している。
 少しでも、漠然とした不安を抱えている恋人に安心を与えられたらと、キラはシンに微笑んで見せた。

 「これから周りに、僕に・・・、シンに何が起きても、僕はシンの事が好きだから・・・。」

 君の事だけが好きだから・・・

 優しく微笑みながら告げられた言葉に、シンは今にも泣き出しそうな程に顔を歪めた。
 その瞳にはみるみると涙が堪り、今にも溢れ出しそうな程で。
 それが溢れ出ないようにと、キラは自らの唇でそっと雫を拭う。

 温かいキラの温もりを目元に感じて、シンは再びキラの身体へとしがみ付いた。
 それはまるで幼い子供が母親から離れたくない、と我侭を言っているようなものとよく似ていた。
 白い軍服を身に纏ったキラの胸にシンは顔を押し付ける。

 精一杯の甘えを見せる恋人に、キラは小さく笑みを零してその身体に腕を回す。
 そして耳元に唇を寄せ、小さな声で囁いた。

 「・・・ずっと、ずっと・・・好きだから・・・・・」
 
 忘れないで。
 不安にならないで。

 この気持ちは変わらないから・・・。

 たくさんの想いが込められたキラの声に、シンはその腕の中で何度も小さく頷いた。




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