好きだから


シンと喧嘩をした。
 きっかけなんてほんの些細なことだ。
 二人で普通に会話していたら、いきなりシンが怒り出した。
 そんなシンの反応にはもう慣れてしまった僕は、シンの黒髪を優しく撫でながら、できるだけの優しい声を出して彼の耳元に唇を寄せる。

 「ごめんね。」

 そう言って優しく細い身体を抱き締めれば、すぐにシンはしょうがないな、と機嫌を直して僕にしがみつくように抱きついてくる。
 それなのに今日はそれでも済まなかったらしい。
 いつものようにごめんね、と彼の耳元で小さく言うと、シンは吊り上げていた眉を更に吊り上げて僕を突き放した。
 そして・・・、

 「あんたなんか嫌いだ!!」

 ついに僕はフられてしまったのだ。
 いつもの喧嘩なら僕がひたすら謝り倒して終わりなんだけれど、僕も恥ずかしながら大人気なくそのシンの言葉には頭にきたので。

 「へぇ、そう・・・。僕もシンなんか嫌いだよ。」

 思わずそんなことを言い返してしまっていた。
 その後は、所謂言い逃げのような感じでシンに背を向けてその場を後に。
 我ながら情けないと思う。
 あんな言葉言うつもりじゃなかったのに。
 シンに嫌いだ、なんて言われて頭が真っ白になって。
 ふと我に返ると一人で立ち尽くして通路に埋め込まれた大きな窓から外を眺めていた。
 その場所は、なんて事のないシンと一緒にいた部屋の前。

 結局僕はシンを一人置いて行く事なんてできないんだ。
 そんなことを再確認して僕はシンが部屋から出てくるまで、この場所に立っていることに決めた。

 「・・・さて、あとどれくらいかかるかな・・・。」

 窓に額を押し付けて、僕は言葉を漏らす。
 一人でいることが嫌いな彼は、案外早く出てくるかもしれない。
 けど、思いの外意地を張っていつまでも部屋に篭っているかもしれない。
 これはかなりの持久戦になりそうだなんて、覚悟を決めた時、後ろからドアが開く音がした。
 窓に映った自分と、予想よりもずっと早く開いたドアと、シンの驚いた姿。
 それを見ていると顔が緩んでしまいそうになって、僕は誤魔化すように目を閉じた。

 「・・・キラ・・・っ、なんで・・・。」

 シンが部屋の前に立つ僕に驚いたように、自分から僕に近づいてきた。

 「あれ?僕のことなんて嫌いじゃなかったっけ?」
 
 シンから近づいてくることは珍しい。
 そのことを本当は嬉しく思うのに、つい嫌味を言ってしまって。

 「・・・・・・あれはっ」

 閉じていた目を開けると、窓には今にも泣きそうな程に歪んでそらされたシンの顔。
 そんな表情するなんて反則じゃない?
 今すぐ抱締めてあげたくなるでしょ?
 そう思っても、簡単には許してあげない。
 僕だってこれでも結構傷付いたんだよ?
 頭に浮かぶのはそんな言葉ばかり。
 つくづく自分の意地の悪さが思い知らされる。

 「・・・キラだって・・・俺のこと嫌いって・・・。」
 「僕は、僕のことが嫌いって言うシンが嫌い。ねえ、本当に僕のこと好きなの?好きじゃないから簡単に言えるんじゃないの?」

 僕の言葉に窓の中のシンは目を見開いた。
 普段は恥ずかしがって絶対に言ってくれないから。
 こんな時くらいは言って欲しいと、我侭を言ってもいいよね?

 「・・・キラ、こっち向けよ・・・。」

 消え入るような小さな声で言われて、僕は言われた通りに身体の向きを変えた。
 向かい合って見たシンの表情は窓の中よりずっと解りやすい。
 顔を真っ赤にして紅い瞳には少しだけ涙を溜めて、それでも僕の瞳をしっかりと見て。

 「・・・・・・・・・好き、だから。」

 小さいけれどしっかりと言われた言葉。
 その言葉と同時に、堪っていた雫が紅い瞳から零れ落ちた。

 「・・・キラが、好き・・・・、好きだから・・・俺のこと・・・、」

 嫌わないで。
 何度もそう言いながら、幼い子供のように泣きじゃくるシンを僕は優しく抱き寄せた。
 ああ、しまった、やりすぎたんだと涙を零すシンを抱き締めて、やっと自覚した。

 「僕のことも嫌わないで。」

 シンは僕の肩口に額を押さえつけるようにして泣き続ける。
 そんなシンに、申し訳なく思いながらも堪らなく愛しくなって。
 
 「だから、もう嫌いだなんて言わないで。」

 小さく頷くシンの少し癖のある柔らかい黒髪に口付けながら、何度も同じ言葉を繰り返した。
 ごめんね、好きだよ。
 その二つの言葉を何度も何度も。
 そして何回目かのその言葉の後に、涙に濡れるシンの顔を上げてその唇に口付けた。


















 後日談

 「結局さ、なんで怒ってたの?」
 「だって、キラ。すぐに謝るから。」
 「うん?」
 「そういうのって、どうでもいい相手にすることだって言われて・・・。」
 「ああ・・・そういうこと。でもね、僕はいつもちゃんと自分が悪いと思って謝るんだよ?どうでもいいなんて思ったことないからね。」
 「それは・・・もう、わかってるよ。」
 「うん。ちゃんとわかってね。・・・ところで。」
 「何?」
 「それ、誰に言われたの?」
 「アスラン。」

 「(・・・アスラン、覚えてろよ・・・)」


 


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