となり 最近、キラの様子がおかしいと思う。 急に黙ったり、無表情になったり。 何かと理由をつけては俺の部屋に入ってきていたのに、それも少なくなった。 「俺に聞くな。」 気になってレイに聞いてみると、そんな冷たい返事が返ってきて。 確かにそうなのかもしれないけど。 誰かに聞いて解ることではないけど。 「・・・なんて聞けばいいんだよ・・・。」 俺はキラの部屋の前に立ち、呆然とそう呟いた。 最近のキラは。 いつも笑顔を浮かべているのは変わらないけれど、その顔もどこかおかしい。 ただ張りつけただけの表面上の笑顔。 そんな顔をしているのは、俺も偶に見たことはある。 でも、その表情が俺に向けられることは無かった。 キラが嘘の表情なんて、俺にすることなかったのに。 キラの表情を思い出して、俺は唇を噛んだ。 湧き出てくる自分の感情。 怒りとか。 悔しいとか。 そういう感情よりも大きいのは、寂しいと哀しい。 言える筈がない。 いつも口を開けば悪態しか出ない俺が、素直に自分の感情を伝えることなんて出来る筈がない。 そんな俺が、自らこのドアを開けることなんて出来る筈がない。 俺は諦めて踵を翻す。 小さく溜め息をついて、身体の向きを変えた、その時。 「シン?どうしたの?」 聞きたかったけど、聞きたくなかったその声。 「・・・キラ・・・」 目の前に、キラが立っていた。 「シンから来てくれるなんて、初めてじゃない?入る?」 俺は答えることが出来ずに黙って俯いた。 「入りたくなくても、入っていって。聞きたいことあるんだ。」 黙ったままの俺にそれだけを言うと、キラは一人で部屋に入っていく。 残された今の俺には、その言葉に従うことしか出来ない。 キラの後を追っていくことしか出来ない。 ゆっくりと足を進め、恐る恐るキラの部屋へと足を踏み入れた。 考えてみると、自分からキラの部屋に入ることも初めてで。 いつもはキラが俺の腕を掴んで、引きずられるように部屋に入っていたから。 俺は戸惑いながら開いたままのドアを閉じた。 聞きたいことって何、と。 そう聞くつもりだった。 「・・・キラ・・・っ?!」 出来なかったのは、閉じたばかりのドアに、押さえつけられたせい。 俺の顔を挟むようにキラの両肘がある。 あまりにも突然すぎる事態に驚いて目を見開いた。 目の前には、整ったキラの顔。 俺を射抜くような鋭い、綺麗な紫立つ瞳。 「・・・シン。」 小さな声で名前を呼ばれた。 何を言われるのかと、身体が強張る。 「僕のこと、憎んでる・・・?」 「・・・・・・え?」 一瞬、言葉の意味を理解できなかった。 「僕のこと、やっぱり許せない・・・?憎んでる?恨んでる?」 「何、言って・・・」 それだけしか言葉にならない。 キラの言ったことが、うまく頭に伝わらない。 ただわかるのは。 あまりにも真剣な、キラの表情。 「許せないよね・・・、憎んでるよね・・・でも、無理なんだ。」 声を出している余裕なんて無かった。 「シンから離れるなんて、出来ない。」 「・・・キラ?」 驚いたのは、キラの言葉や表情。 そして何より大きかったのは、その瞳から流れ落ちた、涙。 「シンが何を言っても、どんなに僕を憎んでも・・・君の隣は誰にも渡せない。」 涙を流しながら、俺の瞳を真っ直ぐに見ているキラ。 目の前のキラの顔が滲むようにぼやけた。 「・・・泣かないで。」 言われて初めて、自分の涙に気が付いた。 気付かない内に俺の目から流れ落ちる涙。 キラはそれを吸い取るように、俺の目元に唇を落とす。 「キラが泣いてるからだろ・・・!!」 「・・・僕が?」 キラ自身も気付いていなかったらしく、俺の言葉に自らの目元に触れた。 「ああ・・・、本当だ。泣くなんて久しぶりかも。」 「キラの泣き顔なんて初めて見た・・・。」 「僕、涙腺弱いんだよ。最近悩んでたから、思わず、ね。」 「・・・悩んでたって・・・さっき言ってたこと?」 キラはそう、と小さく頷いた。 「・・・離れようかとも、考えたよ。」 小さな言葉に、耳を疑った。 「シンが、僕のことを許せないのは解るから・・・。僕が近くにいて、君が傷つくなら離れるしかないって・・・思ったんだけど・・・。」 一旦言葉を止めて、キラは軽く俺に口付ける。 すぐに離れたけれど、それでも今にも触れ合いそうな距離にある、キラの唇。 「考えるだけ無駄だったみたい。シンから離れるなんて、僕には出来ないから。」 そう言って苦笑したキラを見て、俺の瞳からは涙が溢れ出た。 「シン・・・?」 キラが問いかけるように俺の名を呼んでも、涙は止まらなくて。 離れようとしていたと、キラは言った。 それが哀しかった。 こんなに俺を振り回しておいて。 俺は、こんなにキラのことが気になっているのに。 今更、離れようなんて。 キラがそう思っていたことが、堪らなく寂しくて。 「・・・許せるわけ、ないだろ・・・っ!!」 気付いたら、口に出ていた。 「・・・・・・そう、だね。」 「許すことなんて出来ない・・・!何もかも失って、急に一人にされて・・・。それなのに、簡単に許すことなんて出来ない・・・っ!!」 俺の言葉を黙って聞いているキラ。 許せない。 あの時の絶望は、一生忘れられない。 忘れることなんて出来ない。 もう、二度とあんな苦しみは感じたくない。 だから・・・ 「俺から、もう奪うな・・・っ!!」 溢れる涙は、止まらない。 「俺の隣から、もう誰も奪うなっ・・・!!」 その言葉と同時にキラの顔が更に近づいて。 唇が、重なった。 深く重ね合わされるそれに、俺はキラの背中に纏いつくように腕を回した。 「・・・ん・・っ」 角度を変えられるたびに、俺の口からは息が漏れる。 全てを食い尽くされるような激しいキス。 唇が離れた時には、息が乱れていて。 それを静めながらキラの吐息を間近に感じていた。 「・・・ごめんね・・・」 そして乱れた息が落ち着いてきた頃、濡れた瞳のままキラはそう言った。 俺はその言葉を聞いて、キラの背中に回ったままの腕の力を強める。 俺の瞳を真っ直ぐに見るキラの瞳を、俺も返すように見て。 「・・・もう、離れるなんて・・・言うな・・・、一人に・・・するなよ・・・・・・っ!」 訴えるように、言葉にした。 途端に涙と共に嗚咽も出て。 キラの腕が俺の背中に回り、きつく抱き締められる。 「・・・ごめんね・・・・・ごめん・・・・。」 「・・・・・・うっ・・・・く・・・・」 震える俺の身体を、キラは更に強く抱き締めて。 「・・・隣に、いてもいい・・・?」 その言葉に。 俺は自分から、キラの唇に口付けて答えた。
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