軋むソファーに背をあずけて


 ほんの一時の自由時間が与えられた。
 目的も無くスパーダは一人町へ出たが、適当に歩いてみたところ思っていたとおり退屈で。これはもう寝るしかない、そう、半ば不貞腐れながら部屋に戻るとルカが本を読んでいた。
 ルカは戻ってきたスパーダに一度視線を向けると、おかえりと小さく笑いかけた。そして一言二言だけ言葉を交わすと、本に集中し始める。
 その集中力は見事なものだ。読書が趣味だとは知っていたが、目の前にしてみて改めて実感する。
 同時に少し面白くない。完全に自分の世界に入ってしまっているルカはからかう余地が全く無い。
 窓際に置かれたソファーは少し痛んでいるようにも見えたが、充分座り心地はよさそうだ。それに置いてある場所が良かったのか、絶妙な加減で差し込んだ陽がとても心地良さそうで。ちょうど二人が座れそうな大きさのそれの、少し中心寄りに座っていたルカを端に押し入るように、スパーダは隣に腰掛けた。
 ルカは驚いたようにスパーダを見たが、悪いかと言うようにでもじろりと睨まれすぐに本に視線を戻した。
 ゆっくりと、静かに捲られるページ。あまりにも熱心にルカが読んでいるものだから、そんなに楽しいのかと覗き込んでみても何が書いているのかもわからないし、分かろうとも思えない文字の列が並んでいるだけだった。

 「・・・本ってそんなに楽しいか?」
 「た、たのしいよ・・・?」

 わからねェ、と顔を顰めるとルカは苦笑するだけだった。すぐにスパーダから本に視線を戻し文字を目で追っている。
 覗いても内容は理解できない。かといって、内容を聞いても理解できないだろう。どうするかな、とふと本から目線を上げた。そうすると自然に目に入るのルカの顔で。
 (ほんと、こいつって女みてェ)
 ルカの横顔を見てしみじみとスパーダは思う。
 髪と同じ銀色の長い睫に、大きな翡翠色の瞳。指どおりのよさそうな髪がかかった頬は見るからに滑らかで。本を捲る指先にしてもあんな大剣を振るっているとは思えないほど、細いものだ。
 指先からルカの顔に目を戻した。幼さが残る柔らかな輪郭には思わず手を伸ばしたくなる。
 触れて、優しく撫でて。そうしたらルカは一体どんな顔をするのだろう。

 「・・・ス、スパーダ・・・?」

 ぼんやりとそんな事を考えていると、ルカが本に顔を向けたまま恐る恐る自分の名を呼んだ。急に声を掛けられ、スパーダは自分の思考が引き戻されるのを感じ、そこにきてようやく今まで自分が何を考えていたのかを自覚した。途端に色々なものが押し入った複雑な感情に駆られる。
 初めてではない、どこかで感じたことのある、この思い。
 (あれは、たしか・・・・・・・)
 自分の顔から目を離さないスパーダの顔を、ルカはそっと覗き込むように首を傾げた。

 「僕の顔に何かついてる?」

 大きな瞳に真っ直ぐ見つめられる。ただ、それだけで、途端に身体の奥がじわじわと熱くなっていくのに気付いた。
 抱き締めたい、その華奢な身体をきつくこの腕に抱き締めて。そして、

 「・・・寝るわ。」
 「え?ぇ?」

 何も言わず、突然立ち上がったスパーダにルカは困惑した。どうしたらいいのか、そう思い切り書いてある顔にスパーダはいつものように眉を上げて笑いかける。そして柔らかな両頬を指先でぎゅ、と抓った。
 痛い痛いと舌足らずに叫び、目に涙を滲ませるルカの顔が本当に幼い子供のように思えて、声を上げて笑いながら手を離す。

 「飯出来たら呼べよ。呼ばなかったら・・・」
 「よ、呼ぶよ!呼ぶからあ・・・っ!!」

 少し声を凄ませると、ルカは慌てて自分の両頬を押さえた。抓られないようにだろう、頬を押さえたまま少し涙が滲んだ瞳で見上げられて、スパーダは必死に湧き上がる衝動を抑えこんだ。
 何も無かったかのようにブーツを脱いで、ベッドの上に転がる。目を閉じると、すぐにルカが本のページを捲る音が聞こえて。
 身体がまだ熱い。あの場で立ち上がらなかったら自分は何をしていたのか。考える事が怖かった。

 (まさか、ルカに惚れるなんてなァ・・・)

 自覚してしまった想いをこれからどう扱えばいいのか。どのようにルカに接していけばいいのか。

 (・・・ま、なるようになるだろ・・・)

 甘い恋とは言い難いが落ち着く場所に落ち着くだろう。深く考えるのはまた今度、とりあえず、今のままが心地いい。
 そう自分に言い聞かせてスパーダは眠りの淵に落ちていった。