04.無意識


 じっ、とまさしく体に穴が開くように自分を見る視線に、スパーダは居心地悪そうに眉を顰めた。

 「・・・お前、みすぎ。」

 じろりと視線を送る主を見れば、当の本人は今気付きましたと言わんばかりに大きな瞳を見開く。
 そして、言われた意味をやっと理解したのか、顔を真っ赤にさせた。

 「ご、ごごごごめん・・・っ!!み、みてる意識はなかったんだけど・・・」
 「無意識かよ・・・お前なァ」

 大きく溜息を吐いて、スパーダは顔を真っ赤にしたルカから視線を逸らした。
 
 たまたま立ち寄ったガラムの街で最初に温泉に入りたいと言ったのはイリアだった。
 ガラムは鍛治の街であると同時に、火山の活発な活動のお陰で温泉が豊富に湧き出ることでも有名な街だ。
 実際、以前滞在した時にも怪我のせいでずっと寝込んでいたルカ意外は、その温泉の心地好さを覚えている。イリアの言葉に難色を示す者は誰もいなかった。
 第一、ルカがイリアの言葉を聞いてあからさまな期待を顔に浮かべていたのだ。ルカが寝込んでいる時の各々の行動をルカ本人に言った時の、心底羨ましそうな顔をスパーダは覚えている。
 それでなくともルカがこんな顔をしているだけで、イリアの案は決定だろうとスパーダは薄く笑った。スパーダ自身も殊更ルカに甘いことは自覚しているが、基本この世間知らずの優等生で、まさしく箱入りなお坊ちゃまにはメンバー全員が甘いのだ。

 そうして立ち寄る事になった温泉に、初めてだとはしゃぐルカをからかいながら浴場に入ったまではいい。
 ここまで大きなお風呂も初めてだと、幼い子供のように笑うルカにリカルドが微笑ましそうに見ていたのを、父親のようだとからかったところまでもいい。
 ちょうどすいていたのか自分達3人以外に客はなく、リカルドが先に浴場から出て行くと必然的に広いこの場に二人きりになってしまったわけで。

 でかい風呂ってやっぱいいよなァ、と独り言のように言ったスパーダに、ルカがそうだね、と短い答えを返す。それから少しの間沈黙が流れ、スパーダは次に何を言おうかとぼんやりと考えていた。
 普段はあまり感じたことはないが、この沈黙をスパーダは心地好く感じていた。思考が浴場の熱に浮かされる。いっそのこと、もう何も言わなくてもいいか等と思い始めた所に、隣にいるルカから視線を感じたのだ。
 多少の事なら無視していようかとも思ったが、あまりにもしつこい視線にスパーダは途端に多少居心地悪くなって。

 そこまで思い出したスパーダは、何が楽しいんだか、と溜息を吐く。女の裸ならそう食い入るように見るのは分かるが、男のルカが男の自分の身体を見て何が楽しいのかがさっぱり分からない。
 スパーダが何度目かの溜息を吐くと、ルカがおずおずと口を開いた。

 「あ、の・・・ごめんなさい・・・・」
 「別にいいけどよォ、俺の裸なんて見ても楽しくねェだろ?イリアやアンジュならわかるけど」
 「そ、そんなこと・・・っ!!」

 いつものようにからかうって視線をルカに戻すと、案の定ルカは更に顔を真っ赤にして首を振る。
 思い通りの反応に気を良くしたスパーダは軽く声を上げて笑った。ルカが小さくスパーダに文句を言いながらお湯に深く浸かる。

 「・・・羨ましくて・・・」

 またほんの少しの沈黙が流れたかと思うと、次はルカから口を開いた。水音に消え入りそうな小さな声に、スパーダは耳を傾ける。
 
 「普段服着てるときは全然分からないけど・・・スパーダの身体、僕と全然違うから・・・」
 「ま、鍛え方が違うからな。」

 あの視線は羨望の視線だったという訳かと笑うと、ルカは深い溜息を零した。
 濡れた銀の髪を指先で遊ばせている。こういったルカの仕草は何か考えてるときや拗ねた時に見せるものだ。

 「僕も鍛えたら、スパーダみたいになれるかなあ?」
 「いや、ムリじゃね?」
 「・・・ひどいよ、少しくらい慰めの言葉くれたっていいじゃないか。」
 「だって、お前・・・」
 
 言いながら湯の中にあるルカの右腕を掴んで、ぐいっと上げる。

 「あんなでっかい剣振り回してるのに、全然筋肉つかねェし。体質だからしょうがねェって。」

 諦めろ。そう意地悪く笑ってやると、ルカが唸りながら睨みつけてきた。
 いつもならそこでもう一言二言からかって、拗ねたルカを適当にあやして終る。いつもなら、そうだった。

 けれど、その不意に向けられた視線に、スパーダは固まった。

 湯に濡れて顔に張り付いた銀色の髪に。紅く染まった白い頬。濡れた唇もいつもよりも紅く染まり、柔らかそうで。
 そして何よりも、湯か涙か・・・その両方なのか。潤んでいる翡翠色をした大きな瞳が、

 (まずい)

 視線を逸らさなければ。
 必死にスパーダは自身に言い聞かせた。しかし、そう思えば思うほど何かの暗示にかけられたように身体が動かない。
 ルカの腕を掴んだ掌に力が篭る。筋肉の感触があまり感じられない、柔らかな腕だった。

 「すぱー・・・だ?」

 文字通り固まったスパーダに、ルカは掴まれていない腕をそっと伸ばした。自分の肩にルカの指先が軽く触れたのを感じる。
 
 「・・・ど、どうしたの?逆上せちゃった?もう出ようか?」
 「ルカ・・・」
 「スパーダ?」

 (駄目だ、これ以上は考えては駄目だっ)
 
 頭の中で自分の声がする。忠告だ、それがどういう忠告なのかスパーダはわかって。
 分かっていたのに、心配そうに自分を見るルカの身体を、スパーダは掻き抱いた。
 抱き締めたルカが突然の事態に驚いたのが分かる。でもスパーダは腕に抱いた身体を離す事が出来なかった。
 顔をルカの薄い肩に埋め、ルカの腕を掴んだままの手はそのままに。もう一つのスパーダの掌は湯に火照ったルカの身体を撫で上げる。

 「・・・ひぁ・・・っ」

 肩に歯を立てると、ルカが細い悲鳴を零した。

 「スパーダ・・・っ!や、やめ・・・」

 空いているルカの細い腕が必死にスパーダを押し返そうとする。ルカの必死の抵抗にも、スパーダは関係ないといわんばかりにルカの胸元に顔を寄せた。鎖骨に噛み付き、小さな乳首の横に唇を当てる。
 ルカが震えているのが分かった。きっと肩にも鎖骨にも噛み跡が残ったし、今口付けている部分にも紅い跡が点々と残っているだろう。
 そう分かってもスパーダは自分自身を止めることが出来なかった。目の前にあるルカの身体がひどく甘く感じて、更にきつく柔らかな肌を吸い上げる。
 スパーダの掌は変わらずルカの華奢な身体を這っていたが、腰の部分に差し掛かった場所でルカがびくりと身体を揺らす。滑らかな肌の中で、一箇所だけの引き攣った肌。そこにスパーダの掌が不意に触れた時、ルカが小さく悲鳴を上げた。

 「やっ!」
 「・・・っ」
 
 聞こえた声に、スパーダは咄嗟にルカの身体から離れる。
 解放されたルカ自身も、突然身体の支えを失い崩れ落ちるように湯の中に沈む。

 「スパーダ・・・?」

 ルカが再度見あげてくる、どうしたのかと聞きたいのだろう。
 いつものように軽く、冗談なんだと笑えれば。そうすることができればよかった。

 スパーダは目を逸らしながらルカに触れていた自分の掌を硬く握った。

 「・・・わ、わりィ・・・・・逆上せちまったわ・・・先あがってる・・・」

 目を逸らしたまま早口でそれだけを告げると、呆然としたルカに目もくれずスパーダはその場を離れた。
 濡れた髪や身体も気にせず衣服を身に着け、早足で宛がわれた宿の部屋へと戻る。途中で仲間に会い、何かを言われたような気がしたが何と応えたか覚えていなかった。
 部屋に入ると、足の力が抜けてその場に崩れ落ちて。
 先ほど触れたルカの身体・・・そこに深く刻まれた傷痕の感触を思い出し、スパーダは自分の頭を掻き抱いた。

 (俺はルカに・・・何をしようとした・・・?)

 守ると誓った存在に、何をしようとした。

 (あれは無意識なんかじゃない。)

 硬く閉じた目からぼろぼろと涙が零れてきた。


 (俺は、ルカに欲情したんだ)



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