2.外見なんてまやかしだ 「シンって幸せものよね〜」 「?何でだよ。」 「だって、あのアスランさんとキラさんに求愛されるなんて、幸せものじゃない。」 「ブッ!!!!」 ルナマリアの口から出た言葉に、俺は口に含んでいたお茶を思い切り噴出した。 「ちょっとっ!!汚いじゃない!!」 「ルナが変な事言うからだろっ!!」 全く、とかぶつぶつ言いながらルナは取り出したハンカチで手や腕を拭っていた。 俺は悪くない。 変な事を言ったルナが悪い。 「変な事って何よ〜」 「言っただろ!きゅ、きゅ、求愛って何だよ!!」 「その通りの意味よ。」 ねえ、とルナは隣に座っていたメイリンに同意を求めた。 「うん、私もそう思う。シンは幸せものだよ!」 「メイリンまで・・・っ!!レイ・・・っ!レイはそんなこと言わないよなっ?!」 俺は泣きつく勢いで黙々と箸を進めているレイに助けを求めた。 けれど、レイは俺の顔を見て一つ溜め息を吐いて。 「幸せだと思っておけ。」 と、その一言。 「レ、レイまでそんな事言うんだ・・・っ?!俺が毎日どんな思いで学校来てるの知ってて・・・っ!!」 そう。 楽しい筈の学校に、毎日死地へと向かう気持ちで登校してきているというのに。 安住の時間はこの昼休みくらいだ。 毎日この時間だけは、あの二人の襲来がないから。 部活が一緒で、一つ先輩のルナとレイ。 そして部活は違うけど、ルナの妹で俺と同じクラスのメイリン。 ルナもレイも一つ年上ではあるけれど、同じ部活の中では特に仲が良くて、俺は平気で呼び捨てている。 言っておくけど、俺は最初はちゃんとさん付けをして呼んでいたんだ。 それなのに・・・ 『『シンからそんな呼び方されると気持ち悪い(わよ)』』 こんな事を言われて。 それなら・・・と、俺は呼び捨てで二人の名前を呼んでいる。 そんな顔触れで食べる昼食の時間だけが、唯一安らげる時だというのに。 ルナはびしっと箸で俺の顔を指した。 「あんた、よく考えてみなさいよ。」 「何をだよ・・・」 「あのアスランさんと、キラさんよ?あの二人よ?追いかけられたら誰だって天にも昇る気持ちになるわよっ!」 この二人の事を語る時のルナは正直止められない。 今はそれに、ルナの隣でうんうんと可愛らしく頷くメイリンがいるものだから、更に拍車がかかっている。 「容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能だなんて今時どこ探したっていないわよ・・・!!」 「・・・レイがいるじゃん・・・」 「レイは、理事長しか見てないじゃない。」 レイの里親でこの学校の理事長である、ギルバート・デュランダル。 確かにルナの言うとおり、理事長のレイに対する過保護っぷりや、レイの理事長への思いは計り知れないけれど。 「それはいいとして・・・アンケートを取ってみました!!」 「はあっ?!」 展開についていけない俺は、ただルナとメイリンを見ていることしか出来なかった。 横を見るとレイは相変わらず黙って手を動かしている。 ・・・レイって箸の使い方綺麗だな・・・ 俺はぼんやりとそんな事を考えていた。 「聞きなさいよ!」 「聞いてるよ、なんのアンケートなんだよ?!」 「えっと・・・」 余所見をしていた事が気に喰わなかったのか、レイからルナに視線を戻すと、ルナの眉間には軽く皺が寄っていて。 反論するように俺が声を荒げると、ルナの隣でメイリンがごそごそと制服の内ポケットから何かを取り出そうとしていた。 「学園内の女の子300人に聞きました!恋人にしたい人、結婚したい人、抱かれたい人についてのアンケート!」 取り出した女の子らしいピンク色の手帳を開いた、メイリンの口からはそんな言葉が零れ落ちる。 その内容に俺は再び噴出した。 「ちょっとシン!いい加減にしなさいよ!」 「いい加減にするのはお前らだ!!どういうアンケート取ってるんだよ!!」 「いいから聞きなさいよ・・・メイリン、トップは?」 ええと・・・ と、メイリンは手帳の中を読み上げていく。 「凄いですっ!どれも、ザラ先輩とヤマト先輩がV2!」 「ほらっ!!」 見なさい、と言わんばかりのルナに俺は飲み終わったお茶の紙パックを投げつけた。 けれどそれは簡単に避けられてしまう。 「何がほら、だよ!」 「馬鹿ね、こんないい男二人に惚れられて、何で答えないのかって言ってるのよ。」 「・・・あのな・・・だから、俺もあの二人も男だし・・・」 そうだ。 根本的な所から間違っている。 あの人達は男。 俺だって男。 恋愛ってさ、異性を好きになるものだろ? 「「関係ないじゃない」」 けれどそう考える俺に向かって、姉妹は仲良く声を揃えてそう言った。 「お前ら・・・」 他人事だと思って・・・ そこまで口にしようとした俺の言葉は、昼休みを終える予鈴の音に掻き消された。 「あっ!私、次移動教室!」 「待ってよ、お姉ちゃん!」 慌しく屋上から去っていく二人の後姿に、俺は出かけていた言葉を飲み込んだ。 ・・・ってかメイリン、俺と同じクラスなのに・・・ 「・・・はあ・・・」 空を見上げて溜め息を吐いた俺の肩に、レイの手が置かれた。 縋るように見上げると、日差しに輝くレイの金色の髪。 髪も綺麗だけど、それに加えてレイもアスランさんとキラさんの二人に負けないくらいに美形だ。 (・・・あの二人も、何で俺なんかに・・・) レイみたいに顔が綺麗なわけでもない。 女っぽくもない。 レイを見上げながら考え込んでいる俺に、レイは小さく首を横に振って・・・ 「・・・諦めろ。」 と言った。 それでもやっぱり走る事は好きだし、部活は楽しい。 アスランさんやキラさんの走ってる姿は憧れるし、綺麗だなって素直に思える。 無駄なく付いた筋肉。 さらさらと流れる髪。 そして前だけを見据えている、強い瞳。 誰もが振り向くような容姿を持っていて、聞いた話によると彼女には不自由ないらしいし。 それに成績だって二人で1,2を争うほどだそうだし、そんな二人がどうして俺なんかに構うのかが分からない。 部活の中だけだって言うなら分かるけど、毎日のように繰り返される告白なんて、俺にじゃなくったって答えてくれる人ならそれこそ砂の数ほどいるだろうに。 「・・・シン?どうしたんだ?」 「っ!!」 ぼんやりとベンチに座って考え込んでいたら、俺の前に人が立ったのが分かった。 目の前には・・・アスランさんの姿。 「熱でもあるのか?」 言いながらアスランさんは自らの額を俺の額に合わせてくる。 間近で見るアスランさんの顔は、やっぱり綺麗で。 「・・・熱は無いな・・・でも、本当にどうしたんだ?やっぱりどこか具合悪いのか?」 「大丈夫です!全然平気ですから・・・っ!!」 「なら、いいんだが・・・」 それでもアスランさんは心配そうに眉を寄せる。 「・・・シン、アスラン、どうしたの?」 「ああ、キラ・・・今日はもう終わりにするか。」 そこにキラさんもタオルで汗を拭いながら歩み寄ってきて。 気付けば陽は落ちて、他の部員もいなくなっていた。 「いいけど・・・何かあったの?」 「シンが具合悪そうで・・・」 「シンが?!」 アスランさんの言葉に、キラさんは血相を変えて俺の額にまた自分の額を合わせてきた。 さすが幼馴染、行動が一緒だ。 「熱は無いね・・・でも、具合悪いなら早く帰ろう。」 「そうだな。」 そして俺の手を引いてキラさんとアスランさんは歩き出す。 「あの・・・俺、大丈夫ですから!」 「ダーメ。今日は送っていくからね。」 「いや・・・俺の家ここから近いし、キラさんの家もアスランさんの家も逆方向・・・」 「関係ない。シンに何かあったら困るからな。」 その顔には笑みを浮かべているけれど、どこか逆らえない二人の口調に俺は何も言い返すことが出来ず、ただ黙って手を引かれていた。 黙っていると二人の手の温もりが直に伝わってくる。 なんだかそれが心地好くて、大人しくしているとキラさんが急に思い出したように口を開いた。 「シン!やっぱり今日はうちにおいでよ!」 「はい?」 「うん、そうしなよ!だってシン一人暮らしでしょ?熱出た時とか一人じゃ大変だしね。」 決定、と言わんばかりににっこりと微笑まれて、俺は混乱で頭が染まっていくのが分かった。 「じゃあ俺も行くからな。」 「えー?」 「えーってなんだ、えーって。」 「折角シンと2人でいちゃいちゃしようと思ったのに・・・」 「別に3人でもいいだろ。」 「アスランの鬼畜!」 その会話に頭から煙が立ち込めてきそうになる。 よくクラスの女子や、同じ部活の女子が口を揃えて言っていた。 『ザラ先輩とヤマト先輩って優しくて紳士で、そこらへんの男とはまるで違うわよねーー!!』 俺はその言葉に二つ返事で否定したい。 皆騙されてるんだ。 あの見た目に騙されてるんだ・・・!! 「「くるよね(な)?」」 一緒に顔を覗きこまれた俺は、今までこんな顔したことないってくらいの笑顔を二人に向けて・・・ 「死んでも行きませんっ!!」 そう言い放ってやった。
|