1.まるで死地に赴くかのごとく





 シン・アスカ。16才。
 高校一年。
 身長168cm。体重55kg。
 血液型O型。

 ・・・性別 男。


 



 そんな俺は高校に入学した春から一人暮らしをしている。
 どうしても入りたかった高校から実家が遠くて、反対する家族の制止を振り切って一人暮らしを選んだ。
 行かないでって泣いてた妹のマユの姿には正直戸惑ったけど、俺はどうしてもこの学校に行きたかった。

 理由は部活。
 俺は中学の頃からずっと陸上をやっていて、短距離には結構な・・・いや、かなり自信がある。
 今まで行われてきた陸上の大会ではメダルやトロフィーなんて何個も貰ってるし、高校だってその手の高校からいくつも誘いがあった。
 その内の一つが、この高校。
 最初話が合った時は、家から遠いから断ろうと思ったんだけど、でも断る前に一度は見学くらいいこうと思って来たのがキッカケで。

 目に焼きついて離れないグラウンドを駆け抜ける二人の姿。
 強く、早く。
 けれどしなやかで、綺麗に走るあの姿。

 一緒に走りたい。
 この人達と、一緒に走りたい。

 遠くからしか見えなかったけど、そう思わせるには十分だった。
 二人の走る姿に見惚れている俺に、その高校の監督は口を開いて・・・

 『君には彼等と並んで走って欲しいと思っている。』

 と言った。
 その言葉が、俺の背中を強く押したんだ。

 遠くから見えなかったけど、覚えているのは深い夜空みたいな色をした藍色と、光に透けて輝く鳶色。
 それだけに憧れてこの高校への入学を決めた。




 そして、家族の反対を押し切ってまで決めた、待ちに待った高校生活。
 俺の人生は最高な筈だった。
 最高に良い決断だと思った。



 
 けれど、今思えば少し後悔している・・・。
 だって・・・




 「シン、おはようっ!」

 俺は後ろから聞こえた声に、ぎこちなく首を向けた。

 「・・・き・・・らさん・・・」
 「今日も相変わらず可愛いね!」
 「・・・男が可愛いって言われても嬉しくないですよ・・・」
 「だって可愛いしね。うん、可愛いよ。」
 「いや、だから・・・」

 何を言ってもきかなそうなその人に困って、俺はただただ項垂れる。

 「キラ、シンが困ってるだろ。」

 そこに現れたもう一つの声に、俺は更に項垂れた。

 「困らせるようなこと言って無いよ。」
 「じゃあ、その肩に置いた手を離せ。セクハラだぞ。」
 「うわあ、アスランの口からセクハラって言葉が出るのがセクハラ。」
 「お前・・・っ!」

 右にキラさん。
 左にアスランさん。
 俺を挟んで繰り広げられる言葉のキャッチボールに、俺は人知れず深い溜め息を吐いた。

 鳶色の髪を持つキラさんと、藍色の髪を持つアスランさん。

 ・・・俺の、憧れだった人。
 いや、今でも憧れてるといえば憧れてるんだけど・・・

 この高校に入学して、始めて陸上部に顔を出した時から、俺の苦難は始まった。
 ここは陸上の名門校で、俺の他にもたくさんの新入部員がいた。
 中には知ってる奴等も何人かいて、俺はこれから始まる一人暮らしの不安や、新しい学校での不安が少し和らいだのを感じていた。
 上手くやっていけそうだな、とか。
 楽しくなりそうだな、なんて思っていたりして。

 そんな中に、先輩達がきてその中にキラさんとアスランさんの姿もあった。
 俺はこの二人に憧れてこの学校に入ったから、間近に見れただけでも感動したし、同時に緊張もした。
 だって、凄く綺麗だったから。
 見学に来たときは遠くからしか見れなかったけど、始めて近くで見たときは本当に目が丸くなったと思う。
 たくさんの部員の中でも、この二人の姿は輝いていた。
 ふと周りを見れば他の奴らも同じだったらしく、皆顔を赤らめていたり、口を馬鹿っぽく開けていたり。
 ああ、俺もこんな顔してたのか・・・
 とか呑気に思っていた所に、目が合ってしまったのだ。

 そう、あの二人と。
 
 自然に固まってしまった俺に、何故かキラさんとアスランさんは近づいてきて。
 何故か俺の手を片方ずつ、お互いの両手で包み込んだ。


 「「君が来てくれるのを待ってた。」」

 
 そして、この言葉。
 誰が一番驚いたって、それは・・・俺しかいないだろ?
 周りも充分に驚いていたけど、でも本人の驚きには適わない。

 だって、初対面だよ?
 同じ男とは思えないくらいに綺麗な人だよ?
 しかも憧れの人だよ?

 更にトドメは俺の両頬にキスなんてしてくれちゃって。


 ・・・もうどうしろって感じ・・・?







 それからというものの、何故かこの二人は異常と言っていいほどに俺に構う節があって。
 終いには・・・

 「それより、ねえ、僕と付き合わない?」
 「いや、俺と・・・」
 「僕とだよね?」
 「俺とだよな?」

 毎日のように繰り返されるこの言葉に、俺はがくりと頭を下げる。

 「・・・だからですね、俺は男ですから・・・」
 「「だから?」」
 「あの・・・だから、二人とも男だし・・・」
 「「で?」」
 「・・・付き合う・・・とかできな・・・」
 「「却下っ!!!」」

 まるで台本でもあるんじゃないかというほど綺麗に揃えられた声に、俺は深く溜め息を吐いた。
 この二人がこんなことを言い出してきたのは、俺が入学してから一週間ほど経ってから。

 初対面にあんなことはあったけど、他の先輩からは「過剰なスキンシップだと思ってくれ」って苦笑されたし、やっぱり部活を通せば憧れの人であるわけだし。
 それになんていったって美形だから。
 どうして俺になんか、とか思って混乱もした。

 『・・・冗談ですよね?』
 『『まさか。』』

 藁をも縋る思いで言葉にすると、綺麗にそう返されて。
 そこから、この二人の告白攻撃は始まった。
 

 「ああ・・・男同士っていうのが気になってるの?」

 少し前の事なんだけど、随分遠くに感じるその初めての告白を思い出している俺の耳元で、キラさんが声を出す。

 「ちょ、ちょっと耳は・・・!」

 弱いんです。
 そう言う前に、アスランさんが空いているもう一つの俺の耳元に唇を近づけてきて。

 「・・・性別なんて関係ないだろ?」

 ありますからーーーーっ!!!
 言いたくても両耳からの弱い刺激に、俺の体からは簡単に力が抜け落ちてしまっている。

 ・・・今更だけど、今現在の時間は朝。
 場所は校門前。

 人通りが凄く多い時間に場所。
 しかも、俺を挟んでいるこの二人は学校内でも、それはそれは有名な人達で。
 嫌というほど注目を集めているというのに。

 俺が助けを求めるように視線を彷徨わせても、綺麗に無視されるか、「頑張れよ!」なんて野次の言葉だけ。


 誰が頑張るっていうんだ、この馬鹿っ!!!


 そうだ。
 ここは戦場だ。

 助けてくれる人なんていない。

 自分で切り抜けるしかない・・・っ!!



 「「シン・・・っ!?」」



 俺は懇親の力を振り絞って、二人の手から擦り抜けとにかく走った。
 最初にも言ったけど、短距離には自信がある。
 
 人込みの中を擦り抜けて走る俺は、自分の足に心から感謝した。
 頭が悪くたっていい。
 勉強なんて出来なくても、この足さえあれば・・・っ!!


 けれど、俺は一つ重大な事を忘れていたんだ。



 「アスラン、あっち!!」

 「分かってる、キラ!!」



 ・・・あの二人は、俺の(陸上面では)憧れの人だったことを。






 「追いかけてくるなーーーーーーっ!!!」






 どんどん迫ってくる二人の影に叫びながら、俺はただ走りぬけた。
 今ならベストタイムが出せそうだ。






 俺にとって学校に行くことは、死地に赴く事と同じ意味。



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