何度でも意味を求める 2



 いつも通り定刻から始まるMSの演習。
 それに備えてシンは一人、更衣室で赤の軍服からパイロットスーツに着替えていた。
 いつもは一人なんていうことは滅多に無いのに。

 何故だか今日は一人で。
 そして、その一人の更衣室で、偶然キラと居合わせた。


 目が合い、驚いた表情を見せるシンに向かってキラはふんわりと微笑んだ。



 「・・・キ・・・・・・隊長・・・?」

 「・・・二人の時くらい、名前で呼んでくれてもいいんじゃない?」



 慌てて言い直すその様子にキラは苦笑を零す。
 
 周りには秘密の恋。
 知られてはいけない恋。
 だから、秘密にしよう。
 お互いの気持ちは、お互いだけが知っていればいい。

 そう言葉を交わしてからちょうど一ヶ月が経つだろうか。
 あれからは約束通りに、シンは皆の前ではキラを隊長と呼び、キラはシンに一人の部下として接していた。
 だから二人の関係を知る者は、約束を交わす前にキラが言葉を漏らした二人・・・アスランとレイ以外にはいない。

 恋人同士として会うのは、皆が寝静まった数時間だけで。
 それでも毎日こうして顔を見ていられる。
 声を聞くことが出来る。
 それだけで、シンは充分だった。


 「・・・だって、いきなり人来たら・・・」
 「全く・・・本当に君は心配性だね。」

 淡く、赤に顔を赤く染めるシンに、キラは眉を寄せて笑う。
 既にパイロットスーツを身に纏うシン。
 キラは同じように自らもパイロットスーツに着替えようと、閉じていた軍服の襟を外した。

 「あれ・・・?そういえば・・・」
 「何?」

 シンは思いついたように口を開く。
 その声に、キラは手を止めシンに向き合って。

 「今日の演習、隊長は遅れて参加するって聞いてたんだけど・・・・・・」
 
 どうして、隊員の自分と同じくして着替えているのか。
 疑問に首を傾げる姿を見たキラは、その顔にどこか自嘲気味な笑みを広げた。
 

 「だって、少しでもシンと一緒にいたいから。」
 「・・・な・・・」

 
 真っ直ぐなその言葉に、シンは一瞬で顔を赤く染めた。

 「今もここにシンが一人でいるのを知ってたから・・・、だから・・・ね。」

 優しい声だった。
 キラは素直に、思いを言葉にしてくれる。
 まるで、自分が何かに・・・
 見えもしない不安を抱えている事を知っているかのように。

 シンは唇を噛み締め、赤く色づいた顔を俯かせ、キラの肩に軽く額を押し付けた。

 「・・・・・・・シン・・・?」

 こうした場所でシンから触れてくることなど滅多に無い上に、黙ったままのシン。
 キラは不思議に思い、顔を覗き込もうとしても嫌だ、と。
 そう訴えるように首を横に小さく振る。

 「・・・・・・・キラ・・・・・」
 「何?」

 肩に顔を埋めたまま、小さな声で名前を呼んだ。

 「・・・い、いまなら誰もいないよな・・・?」
 「そうだね。」
 「だからさ・・・・・・」
 「・・・うん。」

 シンの手はキラの白い軍服の裾を掴んでいて。
 キラはその手に、自分の掌をそっと重ねる。

 「・・・・・・・キ・・・・・・・」
 「キ?」
 「・・・キ、キス・・・してよ・・・・」

 語尾が小さくなっていくのは、羞恥のせいだろう。
 シンからこのような事を口にするのは数えられる程あるかどうか、それ程に数少ない。
 希少な可愛い恋人からの言葉に、キラは顔を綻ばせた。
 そして、重ねていた手を軍服から外し指を絡め、もう一つの手でシンの黒髪を優しく撫でる。
 
 「・・・顔上げて?」

 耳元で囁かれる。
 シンは小さく身体を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。

 「真っ赤だね・・・」
 「しょう・・・っ」
 「黙って。」

 しょうがないだろ、そう反論しようとした唇に、キラの人差し指が触れる。
 近づくキラの双眸に促されるようにシンは目蓋をゆっくりと下ろして。

 「・・・ん・・・・」

 小さく、唇が触れ合う。
 何度か啄ばむように軽く触れ、そうして深く重ねられたそれに答えるように、シンは口を薄く開いた。
 「・・・は・・・ぁ・・・」
 舌を絡め合うその度に室内には水音が響く。
 シンの華奢な背中がロッカーに当たり、かたんと小さな物音が鳴った。
 「ふ・・・・・・・んん・・・」
 何度も角度を変えながら口付けを繰り返す。
 繋いだ手には優しく力を強めて、キラの首にはシンの腕が回って。

 「・・・は・・・っ」

 唇を離すと、シンの唇の端からはどちらのものかも分からない唾液が伝い落ちる。
 キラが舌先でそれを舐め取ると、シンの身体は小さく震えた。
 深い口付けの余韻に息を乱しながら、シンは薄く目を開く。
 僅かに霞んで見える視界には、キラの紫の双眸。


 「今日は・・・いつもより早く来て・・・?」


 額を合わせながら言われた言葉に、シンは上気した顔を、更に赤くさせた。
 
 どこに。
 そう聞かなくても、キラの部屋だということはシンには分かっている。
 それに、キラが早い時間に、と口にするのはセックスの意味を含むものでもあって。

 耳まで赤く染まったシンの目元にキラは優しく唇を寄せる。

 「・・・待ってるから・・・」

 柔らかく細められた紫の瞳。

 「・・・わ・・・・かった・・・」

 シンにはそれだけの声を出すのが、精一杯の事で。
 気付けば集合時間が迫っている事に気付き、慌てて部屋を飛び出して行くシンの背中をキラは見送って。

 誰もいなくなった室内で、溜め息を零した。


 「・・・一人になんて、させたくないよ・・・」


 苦しげに出された言葉は、誰に届く事もなかった。





































 「や・・・・もう、むり・・・っ」

 何度目かの行為が終わった後、シンは首を小さく振って限界を訴えた。
 「じゃあ、休憩しようか・・・?」
 涙に濡れた目で自分を見上げるシンに優しく微笑み、上気した頬にそっと唇を落とす。

 「あっ・・・!」

 同時にシンの体内に埋めていた自身を、そっと引き抜いた。
 その感覚にシンの口からは甘い声が漏れる。
 「大丈夫・・・?」
 鼻先がぶつかりそうな程の近い距離でキラの紫の瞳に覗き込まれ、シンは慌てて目を逸らした。

 「だ、だいじょうぶ・・・!」

 そして、キラの視線から逃れるようにうつ伏せに体制を変える。
 何度行為を繰り返しても、シンは慣れるということを知らないままで。
 キラは初々しさを感じるシンの姿に顔を綻ばせ、自らも体制を変えベッドに座り直した。
 シンは白いシーツを被った身体を丸めて、キラに背中を向けている。


 「・・・シン・・・」


 キラはその背にそっと触れ、小さく口を開いた。




 「・・・艦を出る事になったんだ。」


 「・・・・・・っ!!」



 
 キラの思わぬ言葉に、シンは勢い良く身体を起こす。
 ベッドに両の掌を付き上半身だけを起こしたその姿。
 勢い良く体制を変えた為か、シーツがシンの身体から滑り落ち、白い素肌が露わになって。
 赤い瞳は驚きに見開かれ、揺らいでいる。

 「で・・・・る・・・って・・・・・・・?」

 出した言葉は震えていた。
 キラは顔を歪め、その頬に手を伸ばす。

 「出張が決まって、来週からこの艦を出るよ。」
 「・・・・・どれくらい・・・?」
 「ちょうど一ヶ月。」

 そんなに・・・、と口を開きかけて、きゅっと唇を引き結んだ。
 一度上げた顔を再び白いシーツに押し付ける。

 「シン・・・」

 揺れる黒髪に軽く指を絡めてから、手を引こうとした。
 けれどそれはシンの手に遮られる。

 シンの、キラよりも少し小さい掌が・・・キラの手を掴んで離そうとしない。

 
 「・・・っ」


 そして、気付けばその身体をベッドから引き上げて。
 掻き毟るように強く、キラはシンの身体を抱き締めていた。
 髪に頬を寄せ、細い肩を包むように腕を回す。


 自惚れではなくて、シンがこうして甘えを見せるのも。
 そして、心も身体も、全てを見せることが出来るのも、自分にだけなのだとキラは思う。
 こうして恋人という関係になってからシンに言われた言葉を、それが望みならと、そう思って受け入れて来た。

 だから普段は一緒にいることが出来なくて。
 
 だからなのだろう。
 シンは二人になった時には、精一杯に甘えて見せ、まるで縋り付くようにキラの姿を求める。
 言葉では表すことはないけれど、赤い瞳がいつも訴えかけている・・・


 一人にしないで。
 傍にいて。


 そう、必死にキラを見上げる。
 きっと、必要以上に周りの目を気にするのも、その思いからなのだろう。

 離されたくないから。
 ずっと一緒にいたいから。
 本当は、ずっと、ずっと・・・・

 シンのその思いを分かっているから、言うのを躊躇ってきた。
 本当に少しの期間かもしれないけれど・・・離れると分かったらシンがどんな顔をするのか。
 それを考えると、言葉が出なかった。

 

 「・・・俺、大丈夫だよ・・・」

 「シン・・・?」

 キラの背中に腕を伸ばし、シンは口を開く。



 「だってさ、一ヶ月なんてあっという間だ。時間なんて経つの早いし・・・それにキラは離れても・・・」

 俺の事、好きでいてくれるから。



 声は明るく、言葉は前向きなものだけれど。
 その身体の震えは誤魔化せきれない。


 「僕は寂しいよ。シンと離れるなんて、凄く寂しい・・・。」
 「な・・・に、言ってんだよ・・・仕事だろ・・・?しょうがないだろ・・・」


 キラに言った言葉が、全て自分に言っているようだった。

 仕事だからしょうがない。
 寂しい、と言ったところでどうなる?
 困らせるだけじゃないか。
 分かってるのに・・・言える訳ないのに。

 何も言う事が出来ず言葉を失ったように黙ったシンの身体を、静かに離す。
 瞳を合わせると、シンの瞳は戸惑いに揺れていた。

 「君もそう思ってくれてるなら、今言って。僕に伝えて、僕の前でしか泣かないで。」
 「・・・困らせるだけだろ、そんなの・・・・・・・」
 「いいんだよ、それで。」

 さっき、自分で言ってたでしょう?

 キラは柔らかい笑みを顔に浮かべ、そう言葉を紡いでいく。


 「僕は君が好きだから。困らせる事くらい言ってもいいんだよ?」
 「だって・・・・っ!」
 「だってじゃなくて。」


 シンの額に、こつんと音を立ててキラは自らの額を合わせた。
 


 「我慢なんて必要ないんだ。何を言ってもいいから、だから・・・君はここで僕を待ってて・・・?」



 目元に、涙が堪っていく。
 今にも溢れ出しそうなそれを、キラは唇で拭って。




 「僕が君を想っている事を、忘れないで・・・」




 優しい声。

 拭いきれなかった一粒の雫が、白いシーツへと零れ落ちた。










←back/top/next→