さんにん家族 3


 「・・・なんで怪我したの?」
 「・・・・・。」
 「シン?」

 キラは隣に座っているシンの顔を覗きこんだ。
 しかし、シンはキラのその動作にびくんと小さな身体を揺らし、きつく目を瞑った。
 怯えきった小動物を彷彿させるシンの姿に、キラは小さく溜め息を吐く。

 「言わないとわからないよ?」

 もう一度優しく問いかけても相変わらずシンは黙ったままで。
 小さな手で自分の服の裾を握り締めて俯いたままだ。

 キラは先ほどの光景を思い出す。
 急な仕事が入り、アスランと共に家を後にした。
 一人残るシンを心配したけれど、シンは大丈夫、と。
 そう言って二人の背中を見送った。

 それでも残してきたシンの事が心配でしょうがなく、キラは自分の持つ最大限の能力を駆使して今までにない早さで仕事を終わらせたのだ。
 そして、少しでも早く、と。
 そう思いながら家への帰り道を急いだ。

 ・・・因みに、アスランは置いてきた。


 家のドアを開けると、シンの出迎えが無い事に、キラはとてつもない不安を感じた。
 いつもどんなに遅くなってもシンは二人を出迎えていたから。
 子供らしい無邪気な笑顔を顔いっぱいに広げ、二人の身体に飛びつくようにしがみ付いて来る。

 しかし、今日はシンの足音が聞こえてくる事も無い。

 寝ているのかな、と。

 キラはそう思い、そっと居間へと進んで行って。
 眠っているシンの姿を予想しながら居間へと顔を覗かせると、シンは救急箱を前に座り込んでいた。

 「シン・・・?!」

 慌てて駆け寄ると、シンは目を見開きキラの姿を凝視した。

 「キ、キラ・・・もう、お仕事終わったの?」
 「終わったよ、それより・・・手、どうしたの?」

 明らかに動揺しているシン。
 それよりもキラには、小さな手についたたくさんの切り傷の方が気になって仕方なかった。

 「なんでもない・・・」
 「なんでもない訳ないでしょう、こんなに傷付けて・・・」

 言いながら、キラは手際よくシンの手の手当てをしていく。

 「・・・大きな傷はないけど・・・でも、本当にどうしたの?」
 「・・・」

 手当てする途中にもキラは何度も尋ねた。
 けれど、シンは黙って俯いたままで。
 手当てが終わった後も黙ったまま何も答えない。

 そして今の状況。
 キラは救急箱を手に取り立ち上がった。

 「・・・消毒液、無くなっちゃったから買ってくるね。」

 「・・・・・」

 それでも沈黙を守り続ける幼子に、キラはもう一度溜め息を吐き再び家を後にして。
 シンは座り込んだまま、顔を上げる事もしなかった。

 





 「・・・シン?」

 キラが再び家を出て数分後。
 入れ替わるようにアスランが家に帰ってきた。
 キラと同じように出迎えの無いシンを不思議に思い、居間へと足を進ませる。

 「・・・シン?!どうした?!」

 そして座り込んで小さく震えているシンを目にし、目を見開いた。

 「あ・・・あすら・・・ん・・・っく・・」
 「シン・・・っ!!」

 アスランの姿を目にし、シンは大粒の涙を零しながらその姿を見上げる。

 「シン・・・!どうした?!何かあったのか?!手、どうしたんだ?!キラは何処に行ったんだ?!」
 「・・・ひっく・・・き、きら・・・・うぇ・・・」
 「シ、シン・・・?!」

 キラの名前を口に出すと、シンは更に酷く泣き出して。
 アスランは混乱しながらも泣きじゃくるシンの身体を優しく抱き締めた。
 嗚咽で震える背中を何度も撫でてやっている内に、シンは泣き声混じりに言葉を紡ぐ。

 「・・・きら、おれのこと・・・おれのこときらいになった・・・!」

 「・・・え・・・?」

 その言葉に、驚いたのは誰でもないアスランで。

 「おれがきらのかびんわっちゃったから・・・!だからきらいになった・・・!!」
 「花瓶・・・?ああ、それで・・・」

 アスランはシンの言葉に納得する。

 
 キラの部屋に置いてある一つの花瓶。
 殺風景なキラの部屋に少しでも華をもたそうと、キラの姉であるカガリが持ってきたものだ。
 細かい細工が施された、綺麗な硝子細工の花瓶。
 カガリがその花瓶を持ってきたのはシンがこの家に来る前。
 始めてその花瓶を見たシンは、目を輝かせてそれに見入っていた。

 『僕の姉さんに貰ったものなんだ。綺麗でしょう?』

 花瓶を食い入るように見ているシンに、キラはそう声をかけて。
 恐らくシンはその言葉を覚えていたのだ。

 そして、その花瓶を遊んでいるかどうかして割ってしまったのだろう。


 「何で花瓶割っちゃったんだ?」
 
 優しくそう声をかけると、シンは涙に濡れた顔でアスランを見上げた。

 「はな・・・いれようとして・・・!」
 「花?」
 「かびんに・・・はないれようとしたんだ・・・、外に、きれいな花咲いてたから・・・」

 その言葉にアスランは顔を綻ばせる。

 遊んで割ったわけではない。
 自分が摘んできた花を、キラの部屋にある花瓶に飾りたかっただけなのだ。
 幼いシンなりに、自分から何かをしてあげたかったのだろう。

 結果的に花瓶は割れてしまったけれど。
 きっとキラも、カガリも。
 シンを叱り付けることなどしないだろうから。

 しかし、シンは泣き続ける一方で。
 アスランはシンの背中を撫でたまま、言い聞かせるように声をかける。

 「・・・割った花瓶で手、怪我したのか?」
 
 シンは小さく頷いた。

 「キラに、ごめんなさいって言ったか・・・?」

 次は、首を横に振る。

 「何で言わないんだ?」
 「だって・・・っ!!」
 「・・・シン。」

 涙に濡れるシンの小さな顔を両手で包み、額を合わせる。
 シンの瞳からは、止まる事を知らないように涙が溢れ出てきていた。
 それに苦笑しながら、アスランはゆっくりと言葉を口にしていく。

 「・・・シンは悪い事をしたって、わかってるんだろ?」
 「・・・わかってる・・」
 「じゃあ、ちゃんと謝らないと駄目だろ?」
 「・・・ぅん・・・」
 「じゃあ、キラが帰ってきたらごめんなさいって言えるな?」
 「・・・言える・・・!」

 しっかりとそう口にしたシンに笑いかけ、アスランは額を離した。
 そこで、ちょうどよくドアの開く音がして。

 「・・・キラ・・・っ!!」

 シンはその音を聞いた瞬間に、玄関へと走り抜けていく。
 そして・・・


 「・・・ごめんなさい・・・っ!!」
 

 そう言いながら、キラの身体に飛びついて。

 最初は目を丸くしていたキラも、何処か安心したように微笑んだ。
 飛び付いてきたシンの身体を抱き上げ、小さな身体を優しく抱き締める。


 「おかえり、キラ。」

 「ただいま。」


 居間から姿を現したアスランに、シンを抱き上げたままでそう答えて。



 後にアスランから事情を聞いたキラは、泣き疲れてソファの上で眠っているシンの姿に苦笑を見せた。
 アスランも同じように苦笑していて。
 キラはシンの髪を優しく撫でる。

 「・・・怒った方がいいのかな・・・?」
 「必要ないだろ?」

 ちゃんと謝ったわけだし。

 そう言葉を繋ぐアスランに、キラは溜め息を吐く。

 「本当にアスランはシンに甘いよね。」
 「お互いにな。」
 「・・・その通りだね・・・」

 そして、顔を見合わせて笑い合う。

 この小さな、幼い子供を本当に愛しく思いながら。




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