ss(かきかけだったり元WEB拍手だったり)

(レイシン)

 捉われていると、思う。

 その全てに。


 シンという存在に・・・。



 演習が終わり、自室で一息つくことのできるこの時間。
 俺は自分のベッドに座り、読みかけだった本のページをを捲っていた。

 しかしそうして気を紛らわそうとしてみても、頭の中に本の内容は全く入ってこない。
 代わりにあるのは同室の・・・シンの姿。

 いつからだったか気になる存在になっていた。
 そして、いつからか同性だとかそういうものが気にならないくらい、恋をしていた。

 
 シンの姿が目に入るたび、その細い身体を抱き締めたいと思う。
 その真紅の瞳に自分だけを映してほしいと思う。

 シンの、全てに触れたいと思う。
 

 その思いは日を増すごとに募っていって、衰える事を知らず。
 ここまで人を愛する事が出来る自分に驚きを感じる程だ。


 俺とシンは同じ部屋を割り当てられている。
 だから、部屋に入ってしまえば当然二人だけの空間で。
 想いを告げる機会などいくらでもあるのだ。

 当然、俺は何度も伝えようと試みた。


 ・・・けれど、シンは思った以上の強敵だった・・・。


 「レイー、次シャワー使うだろ?」

 そう考え込んでいるうちに、シャワー室からシンが出てきて。
 手の中にある本のページは昨日から全く進んでいない。
 本当に何もかもが手付かずになっている。

 それに苦笑しながら、シンの姿に目線を移した。


 「・・・シン、髪くらい拭いて来い・・・、風邪を引くぞ。」


 シンは上下ともアンダーシャツだけを身に纏い、首にタオルをかけただけの姿だった。
 その手にはミネラルウォーターの入ったペットボトル。

 髪からは拭いきれていない水分が、雫となって床に落ちていく。


 「これくらいで風邪引くほど、弱くないよ。」
 「過信するな。それで風邪を引いても面倒は見ないぞ。」
 「えー・・・」

 そんなの寂しい・・・


 そう、シンにとっては何の自覚も無い言葉でも。
 言われている方にすれば、充分に誘っているとしか思えないような言葉で。

 俺は軽く溜め息を吐いた。



(レイシン)

 「レイっ・・・!いい加減起きろよっ!!」


 シンは未だに目を覚まさないルームメイトに対し、声を荒げた。
 シンがレイとルームメイトになり共同生活を送ることになって、初めて気がついたことは多々あるのだが。
 その中で一番意外だったことは毎朝のこの日課。

 レイは朝に弱い。

 それも重度の低血圧だ。

 初日の朝は本当に驚いたものだ。
 シンにとって今までのレイのイメージはまさしく完璧そのもので。
 何をやっても完璧にこなし、加えてその容姿。
 同性であるシンもレイの容姿は遠目から見ても綺麗だと思っていた。

 そんなレイが、いつまでたっても起きてこないのだ。

 流石に時間は止まってはくれない。
 集合時間も迫ってきていて心配になり、シンは恐る恐るレイの眠るベッドを覗き込んだ。

 そして、シンの紅い目に映ったのは未だに夢の中なレイの姿、

 最初見たときは本当に目を丸くした。
 それでもなんとか起こして、集合時間の数秒前に指定場所に辿り着くことが出来て。



 シンは一向に起きる気配のないレイの寝顔を見ながら、そんな回想をしていた。
 ベッドの中で穏やかな表情で眠るレイ。
 「全く・・・」
 その寝顔を見て軽く溜め息を吐き、思いっきり揺さぶって起こしてやろうかとシーツの山に手を伸ばす。
 その隙間から、ふと目に入った露わになっている肩。

 それを見てシンは瞬時に顔を赤らめた。

 あの肩に、腕に抱かれている。

 ちらりと横目で見た自分のベッドは綺麗なままで。
 シンは更に顔を赤く染める。

 綺麗なのは自分で直したからではない。

 ・・・昨夜、レイのベッドで寝たから・・・。

 一度思い出すと、シンの脳裏に一気に昨夜の出来事が妙に鮮明に思い出される。

 どんな声で。
 どんな表情で。
 どんな風に自分に触れたのか。

 シンにとってレイとの昨夜の行為が始めてではないけれど。
 何度繰り返しても、慣れるということが出来なくて。

 最初の頃はこんな関係になるなんて思っていなかったのだ。
 気付いたらシンはどうしようもなく好きになっていて、レイもシンのことを好きだと言って。
 何度も何度も抱き合って。


 思い出したら止まらなくなる。

 レイを起こさなければいけないのに、手が震えてその肩に触れることができない。



 「・・・レイ・・・」



 シンは一度握り締めて開いた指先を、眠るレイの肩へと近づけた。



 「・・・ぅわっ!!」



 しかし、それは触れる前に逆に掴まれて。
 
 背中にはレイの体温が残るシーツの温もり。
 身体に感じる、上から押さえつけられる心地良い圧迫感。


 シンが反射的に瞑った目をゆっくり開けると、そこにははっきりと焦点の定まったアイスブルーの瞳でシンを見下ろすレイの姿。
 寝乱れても、艶やかなブロンドは輝きを損なうことはない。


 「お前・・・っ!起きて・・・っ?!」

 「・・・あれだけ横で騒がれればな。」

 「そんな騒いでないっ!!」

 「どうだか。朝から一人で顔赤くして何してるんだ。」

 「な、何もしてないっ!!」


 シンはレイの瞳から顔を逸らした。
 レイを見てた、とは口が裂けても言えない。


 「・・・それよりっ!早く支度しなきゃ遅刻す・・・っ!」


 言葉の最中に降りてくる口付け。
 朝から何するんだ、とか。
 時間に間に合わない、とか。
 シンは、言いたいことを色々頭の中に並べてみたけれど。

 レイからの深いキスに結局何も言えなくて。



 「・・・シン・・・」



 名前を呼ばれて、折角着込んだ紅い軍服もまた脱がされて。




 「・・・レイ・・・」




 たまには二人で遅刻するのもいいか、なんて。


 シンは自分にそう言い聞かせて、レイに自ら口付けた。




(キラシン)

 胸が痛い。

 今のこの想いを言葉にするなら、本当にここまでしっくりとくる言葉は無いと思う。
 それ程に、痛くて痛くて堪らない。


 『好きだよ。』


 そう俺に優しく言ってくれたあの人・・・キラ・ヤマト。
 俺が所属する部隊の副隊長で。
 でも隊長であるアスラン・ザラと実力は何も変わらない、強い力を持ったあの人。

 けれど、その強さを全然鼻にかけることなんて無くて。
 誰にでも公平で優しくて、それに凄く綺麗な人だと、思う。

 誰もが憧れて・・・俺も憧れていた。


 その人が俺の事を・・・好きだと言う。

 言われた時は何の事なのか分からなくて、目を見開いたまま固まってしまった俺にキラは優しく微笑みかけてくれた。


 『君の事が、好きなんだ。』


 今までキラの事を恋愛対象とか、そういう風に好きだとか思ったことは無かったけれど。
 でも、言われた言葉には本当に嬉しさを感じて。

 それから俺とキラは、『上官と部下』から『恋人』という関係になった。



 そして、今のこの胸の痛み。

 視界に移るのはキラと、ザラ隊長。
 二人は幼馴染みたいで、訓練での息もしっかりと合っていて、普段の日常でも二人並んでいる事が多い。

 キラも綺麗だけれど、隊長も本当に綺麗だと思う。
 誰かが並んで歩く二人を見て、絵画のようだと言っていたのを思い出す。
 言い返しようが無い位に、その通りだと思った。
 二人とも綺麗で、強くて優しくて・・・。


 それに比べて俺なんて、まだまだ子供で赤を着ていても、二人になんて到底適わなくて。


 思わず溜め息を吐いた。


 どうしてキラが俺の事を好きだと言ったのかわからない。
 どうして、と聞きたいけれど・・・

 「そんな事・・・、聞ける筈無い・・・」

 「何が聞ける筈無いって?」

 「・・・・・・っ!!」

 独り言だったのに、声が返ってきて本当に驚いた。
 しかも、目の前にはキラの綺麗な紫の双眸。
 そしてその横には、当然のように隊長が立っていて。
 
 「どうしたの?」
 「キ、キラ・・・・・なんで・・・・」
 「シンの姿が見えたから。」

 それじゃ理由にならないかな?
 そう微笑んで首を傾げるキラは、本当に綺麗で。
 俺は無意識のうちに赤くなってしまった顔を隠すように、顔を俯かせた。

 「・・・シン?」
 
 キラの声が聞こえても、顔を上げる事が出来なくて。

 「・・・・アスラン、先に行ってて。」
 「分かった、遅刻はするなよ。」
 「分かってるよ。」

 二人のやり取りが終わって、隊長の足音が遠くなっていっても俺は俯いたまま。
 
 「ほら。顔上げて?」

 優しい声色。
 幼い子供に言い聞かせるような、キラの言葉。
 その言葉が、何だか自分が聞き分けの無い子供である事を言われたような気がしてならなかった。
 そう思うと、どこか悔しくて・・・

 「・・・俺の事なんて、放って置けばいいだろ・・・」
 「シン?」
 「俺なんて子供で、単純で・・・っ!俺なんかと一緒にいる事ないだろ・・・っ!!」
 
 一度口に出すと止まらなくて。
 俺はキラの顔を見ずに、俯いたまま声を出す。


 「俺なんか放って置いて隊長の所に行けばいいだろっ!!」

 
 俯いているから、キラの顔は目に入らない。
 でも見なくても分かる。

 きっと、呆れてる。


 「俺なんかより隊長の方が・・・」
 「シン。」


 俺はそのキラの声に自然と身体が強張る。
 聞いたことがないような、いつもの穏やかさなど微塵も感じられない、低い声。

 「顔、上げて。」

 それでも俺は首を横に振って、キラの言う事を拒んだ。
 
 すると、キラの両手が俺の頬に触れて。
 包み込まれるようなその手は、ゆっくりと俺の目線をキラの紫色の瞳に合わせる。


 「・・・キ・・・ラ・・・・・・?」


 俺の瞳に映ったキラの瞳は険しく細められていて。
 初めて向けられる鋭いそれに、全身が竦み上がるのを感じた。


 「・・・・・・本気で言ってる?」

 
 鋭い瞳はそのままに、キラは言葉を紡いでゆく。

 「本気で言ってたら、許さない。」
 「・・・・・・っ」
 「本気で君は、僕にアスランの所へ行けって言ってるの?」
 「だって・・・っ」
 「だって、何?」

 目元濡れていくのが分かる。
 すぐ目の前にあるキラの顔も、段々とぼやけていった。


 「だって・・・、俺なんかキラに相応しくない・・・っ!」
 「・・・・・・」
 「隊長の方が、ずっと・・・・・・・・・・」


 最後は、嗚咽が混じって言葉に出す事が出来なくて。
 けれどキラは、涙に濡れる俺の目元を細い指で優しく拭った。



 「・・・馬鹿だね。」



 そう言ったキラの声色は本当に優しく。
 表情も柔らかなものに変わっていた。

 溢れる涙を掬う指先も、凄く温かく感じた。


 「君が好きだよ。君だけが、好きなんだ。」


 涙が伝う頬に、キラの唇が寄せられる。


 「君の代わりなんて、誰もいない。アスランにだって・・・君の代わりは出来ないよ。」


 「・・・・・・・っ」


 「君の・・・シンの全てを、愛してる。」



 キラの声と同時にに涙が溢れ出るのが分かって。
 キラは苦笑しながら、溢れ出たそれを優しく拭ってくれて。



 「・・・不安にさせて、ごめんね・・・」



 そして、その言葉に。

 俺はキラの背中にしがみつくように、腕を回した。



(キラシン)

 「キラ!ただいま!」

 パソコンの前に座って、一体どれ程の時間が経っただろうか。
 キラは頭の隅でぼんやりと考え、元気よく帰って来たシンを迎えるべく眼鏡を外した。
 パソコンデスクの片隅にそれを置き、居間へと足を進める。

 「おかえり、シン。楽しかった?」
 「うん!」

 キラの言葉にシンは満面の笑顔で頷いた。
 実際の年よりも幾分か幼く見えるその表情に、自然とキラも笑顔になる。

 夏祭りにいってくる。

 学校から帰ってくるなり、シンはそうキラに言った。
 少し遠く離れた神社で毎年行われる夏祭り。
 今年の春にここに引っ越してきたキラとシンにとって、初めての夏の行事だった。
 結構な敷地を持つそこでは、たくさんの出店や余興を見ることが出来ると、キラもアスランから聞いて知っていた。

 (シンが好きそうだな・・・)

 聞いたときには、ぼんやりとそう思った。
 きっと見るもの全てに赤い瞳を輝かせ、両手一杯になるほどに買い込んで。

 (・・・連れて行ってあげたいな・・・)

 楽しそうに笑うシンの顔が頭に浮かんで、キラはここが大学ということも忘れて口元を緩めてしまって。

 「キラ、顔緩んでるぞ。」

 幼馴染に呆れたように言われて、やっと気付いた。

 連れて行ってあげたい、とは思うけれど。
 ちょうどその祭が行われる時期は、夏休み前ということもあってレポートや研究に追われてしまう。
 少し見て帰ってくるくらいなら支障はないだろうけど、どうせなら満足するまでゆっくり見て回りたい。
 そんなことを一人考えているときに、シンのあの言葉。
 学校の友達に誘われて、これから皆で行くんだ、とシンは嬉しそうに話してくれた。

 「キラは行かないのか?」

 どこか複雑な心境で聞いていると、その微妙な表情の変化に気付いたのか、シンがおずおずとキラに問いかける。
 シンはキラの小さな表情の違いにもすぐに気付く。
 考えていないようで、いつでもキラのことを考えてくれて。
 そして傍にいて欲しいと思ったときには、いつもは恥ずかしがるのに静かに傍にいてくれる。
 二つ年下の、可愛くて可愛くて仕方が無い、キラが溺愛している恋人。
 キラは柔らかい笑みを浮かべ、覗き込んだシンの髪をそっと撫でた。

 「僕は大学の課題があっていけないんだ・・・」
 「・・・忙しいの・・・?」
 「うん。」

 少し困ったように笑うと、シンは僅かに眉を下げた。
 ああ、やっぱりこの子は・・・
 キラは思う。
 シンは変なところで気を使いすぎてしまう子だから、きっとキラが忙しいのに自分だけ・・・なんて思ってでもいるのだろう。
 そんなところも可愛いとは思うのだけど、もう少し自分のことも考えて欲しいとも、思うことがある。
 キラは癖のある黒髪に指を絡め、優しい声でシンに言葉をかけた。

 「だから、僕の分も楽しんできて?」

 来年は一緒に行こうね。

 そう言ってシンの唇に小さなキスを送ると、シンは顔を赤くして。
 けれどしっかりと頷いた。


 (本当に、楽しかったんだなあ・・・)

 シンの笑顔を見て、キラはしみじみとそう思った。
 帰って来た今でも終始笑顔のままで。
 嬉しく思うけれど、やっぱりどこか複雑だ。

 「あ、俺キラにお土産買ってきたんだ。」
 「本当?」

 テーブルの上に置いたビニール袋を、シンは思い出したようにがさがさと漁っていた。
 ちらと見たその中には、きっと射的やくじなんかで当てたのだろう、玩具やお菓子がたくさん詰まっている。
 
 「はい、これ!」

 その中からシンは一本のラムネの瓶を出して、キラに差し出した。
 綺麗な水色の瓶に入ったそれ。
 キラは差し出されたそれをありがとう、と口にしながら受け取った。
 渡されたそれは、まだひんやりと冷たかった。
 ずっとパソコンの前に座っていたから、その冷たさがなんだか心地好くて目を細める。
 そんなキラの様子に満足したのか、シンはまたビニール袋の中に手をいれ、次から次へと瓶をテーブルの上に並べていった。
 水色の瓶と、ピンクの瓶がテーブルに置かれていく。
 てっきり一本だけかと思ったキラは、その数の多さに苦笑した。

 「随分とたくさん買ってきたね。」
 「う、うん・・・ダメだった?」
 「シンが僕のために買ってきてくれたのに、そんなこと言う筈ないでしょ?」

 叱られた仔犬のように肩を竦めたシンにキラは微笑み、テーブルの上に並べられた中の1本に手を伸ばした。
 水色の瓶とピンクの瓶の2本を手に取ったキラに、シンは目を丸くする。

 「2本も飲むのか?」
 「1本はシンの分・・・はい。」

 キラはピンク色の瓶を、シンに差し出した。
 受け取ったシンが更に笑みを濃くしたのを見て、キラは小さく声を零した。
 きっと、出店で買ったこのソーダ水をシンがとても気に入ったのだと思ったから。
 蓋の代わりにガラス玉が付いている、昔からあるこの形。
 シンは始めて見たのかもしれない。
 
 「自分であけられる?」
 「子ども扱いするなよっ!」
 「はいはい」


(アスシン)

 「・・・・・抱いて・・・下さい。」


 その言葉に、アスランは何事かと目を見開いた。
 目の前には頬を赤く染め、小さく震えながら自分を見上げるシンの姿。

 今すぐにでも、その震える体を優しく抱き締めたいと思うのだけれど、アスランは自分を必死に抑え付け、シンの頭を優しく撫でた。

 「何かあったのか・・・?」

 顔を覗きこんで微笑む。
 それなのに、シンは目元にじわりと涙を浮かばせて。


 「・・・俺って・・・アスランさんの何なんですか・・・?」

 「は・・・?」


 小さな唇を震わせながら言われた言葉。
 自分とシンとの関係・・・それは、恋人という関係で。
 
 『好きだ』

 そう言葉にした。
 想いを伝えた。

 『俺も・・・好きです・・・』

 シンもその言葉に、自分の想いを口にして。
 それから自分達は恋人になったのではなかったのか。


 「恋人・・・だろ?」
 「じゃあ・・・っ!じゃあ、なんで・・・」


 抱いてくれないんですか?


 アスランの胸元にしがみ付き、シンは必死にそう口にした。
 困ったのはアスランの方だ。

 抱きたくない筈が無い。
 寧ろ抱きたくて、堪らないというのに。
 けれど男同士の行為というものは、大きな負担が掛かってしまうから。
 そう思ってキス止まりで我慢してきたのに。
 
 そんな事を言われたら、我慢なんて・・・聞かなくなってしまうというのに。


 「・・・ああ・・・、もう・・・・・・」


 溜め息混じりに出たアスランの声。
 シンは身体を揺らし、怯えを見せる。
 そしてきつく目を閉じてアスランの服を握る手を小さく震わせた。

 「・・・やっぱり嫌ですか・・・?」
 「・・・?」
 「俺・・・確かに胸とか無いし・・・女の人みたいに身体とか、柔らかくないけど・・・」
 
 開いた赤い瞳から、涙が零れ落ちた。


 「でも、でも・・・アスランさんのこと・・・好きなんです・・・!」


 好きだから。
 本当に好きだから、抱いて欲しい。
 キスだけじゃなくてもっと・・・深く繋がりたい。

 シンは懸命に、アスランへと想いをぶつけるように言葉を紡ぐ。
 
 「だから・・・・・・だから・・・・!!」

 急に唇を塞がれ、言葉が途切れる。
 突然の口付けに最初は目を見開いたが、ゆっくりと瞳を閉じた。

 「ん・・・ふあ・・・・」

 口内に舌が入り込みシンは合わさった唇の隙間から息を漏らして。
 それでもアスランの舌に、自らのそれを絡めて答えようとする。
 シンの背中にはアスランの腕が回り、その掌に背中を撫で上げられ、シンは眉を寄せた。

 「・・・・ぁ・・・・・ぅ・・・・」

 足ががくがくと震え、今にもその場に崩れ落ちそうになって。
 夢中でアスランの首に纏わりついた。

 「は・・・・・・っ」

 唇を離せば互いの唾液が糸を引いて。
 深く、長いキスで乱れた息を落ち着かせようと、シンは深く呼吸を繰り返す。

 「あ・・・すらん・・・さ・・っ!」

 しかしアスランの唇はシンに休む暇も与えないようにと、その肌蹴た赤い軍服から覗く、白い首筋に吸い付いた。
 

 「・・・・・・・・もう、抑えなんて効かないからな・・・・・」
 
 「・・・・・・・・?」


 シンの首筋に顔を埋めたままで。
 アスランは小さな言葉を、口にした。

 その言葉をうまく聞き取れなかったシンは聞き返そうとするが、再びアスランの舌が首筋に絡みついて。
 

 「あ・・・・・っ」


 自然と出た声と共に、背筋が仰け反る。

 「・・・ひ、あ・・・ぁ・・・」

 軍服はアスランの手によって肌蹴られ、シンの白い肌が徐々に露わになっていく。
 首筋に埋まっていたアスランの頭も同時に下へと下がっていって。

 
 シンは震える腕でアスランの身体にしがみ付く事しか出来ずにいた。




 「・・・大丈夫か?」

 目を覚ますと、心配そうに自分の顔を覗きこんでいるアスランの顔が目に入って。
 その上半身が何も身に着けておらず。
 その理由と・・・先程までのアスランとの行為を思い出した瞬間、シンは一気に顔を赤く染め上げた。

 「・・・だ、だいじょうぶです・・・・」

 本当は、少し身体を動かすだけで全身が・・・特に腰が痛む。
 それに気付いているのか、アスランは本当にすまなそうに顔を歪ませた。

 「ここまでする気はなかったんだが・・・・・・・・・本当にすまない・・・」

 「あ、謝らないで下さい・・・!」

 嬉しかったから・・・

 好きな人に抱かれて。
 確かに身体は辛いけれど、それ以上に心は満たされている。

 「・・・シン・・・」

 アスランは苦笑しながら、シンの額にそっと口付けて。


 「・・・あの・・・・」

 「ん?」


 鼻先がぶつかりそうな程近い距離に、シンは照れを見せながら。
 けれどアスランの瞳をしっかりと見て口を開いた。



 「また、抱いてくれますか・・・?」



 思いがけない言葉にアスランは目を見開く。
 そして、顔を綻ばせた。


 「次は・・・もっと優しくするから・・・。」


 シンの唇にアスランは優しく触れるだけのキスを落として。
 被っているシーツも一緒に、その華奢な身体を抱き締めた。



(キラシン)


 「シン・・・今日はなんだか積極的だね・・・」


 キラが少し驚いたような、でも嬉しそうな声でそう言った。
 
 「黙ってろよ・・・っ」

 そんな声がどこか悔しくて。
 俺はキラの首筋から顔を上げて、笑っているその顔を睨んだ。

 「はいはい」

 けれど俺がどれだけ睨んでもキラは楽しそうに笑ったまま、俺の頭を優しく撫でる。
 どこまでも余裕のある態度。

 悔しくて堪らない。
 
 俺と二つしか違わないくせにいつも余裕ぶって笑っているキラ。
 キラのことは・・・好き、だけど・・・時々見えるこの態度が、俺にとっては腹立たしくてしょうがない。

 だから、そんなキラだから。
 余裕の無い表情を見たいと思うのって普通だろ?
 
 そう思い、俺は一日の軍務が全て終わった後にキラの部屋に押しかけた。
 いつもはキラに・・・

 『後で僕の部屋においで』

 と言われた時しか行かないから、俺から急に部屋に行くのは初めてだった。
 それだけでも驚くかな、と少し期待していたのに。
 当の本人は、やっぱりいつもと同じように柔らかく微笑んで俺を部屋の中に入れてくれた。

 おもしろくない。
 全く持っておもしろくない。

 実は凄く部屋が汚い、とか。
 誰もいない時は信じられないくらい酷い格好をしている、とか。
 少しくらい俺の知らないキラの一部分を見られるかな、とか・・・思ってたのに。

 目の前にはいつもと何も変わらないキラ。
 いつもと同じ、余裕のある・・・大人っぽい微笑みに、気崩してもいない軍服。
 何も、変わらない。
 思わず見惚れてしまいそうな笑顔に、胸の奥から何かが沸々を湧き上がってくる。
 
 そして、気が付いたら俺はキラをベッドの上に座らせて。
 その膝の上に向かい合わせで座って。
 キラのしっかりと着込んだ軍服の前を開けて。
 キラがいつもしてくるように、その首筋に吸い付いてやった。

 でもやっぱり余裕のある表情と、声。
 俺は眉を寄せたまま、いくつもそこに跡を残していく。

 「・・・ん・・・っ」

 キラの小さな、吐息混じりの声が聞こえた。
 顔を少しだけ上げてキラの表情をちらりと見ると、目を閉じて息を吐く・・・同じ男とは思えないほど色気のある表情。
 初めて聞く声に、始めて見る表情。
 それがとても嬉しくて、俺は何度もそこに唇を寄せる。

 「・・・シン・・・」

 俺の名前を呼びながら、キラは俺の身体に手を伸ばしてきた。
 軍服の上から胸元を探られ、そんな小さな刺激にでも慣らされた身体は反応してしまう。

 「ぁ・・・っ」

 口から声が漏れた。
 キラは小さな俺の声も聞き取ったらしく、その部分を軍服の上から容赦なく刺激してくる。
 ちょうど、胸の突起のある場所。

 「・・・や・・・ぅ・・・」

 キラの首に頬を寄せて、俺は震える身体を叱咤した。

 このままじゃ、いつもと同じだ。
 結局、いつの間にかキラのペースで・・・あの余裕ある表情に見下ろされたまま・・・

 そこまで考えて、俺はキラの軍服を強く握った。
 キラの手は変わらず、俺の身体を攻め立てている。

 いつもキラがしてくることを必死で思い出していた。
 首筋に顔を寄せて、そして順に顔が下がっていって。
 鎖骨の辺りから胸を愛撫して・・・更に、下へ・・・

 キラは、いつも当たり前のようにしてくれているけれど。
 俺はそんなことしたことがない。

 「シン・・・?」

 動きが止まった俺の顔をキラが覗き込んで来る。
 
 「シン・・・どうしたの・・・?」

 その顔を見て、俺の中で何かが切れた。
 心配そうな表情。
 子供扱いされているようで、悔しかった。

 キラのベルトを片手で外し、膝の上から下りて床に膝をつく。

 「シン・・・っ?」

 もう無我夢中だった。
 キラの軍服の前を肌蹴け、ジッパーを下げて。
 軍服と下着を無理矢理手でずり下げて、勃ち上がりかけているキラのそれをきゅっと握る。
 そして、目を閉じて根元まで咥え込んだ。

 「・・・・・・っ」

 口に含んだ時、キラが息を飲むのが分かった。
 
 「ん・・・んぅ・・・」
 
 少しずつ大きくなっていくそれに眉を寄せながら、俺はキラがいつもしてくれることを思い出して。

 先端を舐め、幹の部分を唇で挟むように愛撫する。
 根元から舌先を使って舐め上げ、また口に含んでちゅっと音を立てて吸った。

 「・・・ぁ・・・っ」

 吸い上げた時。
 キラの声が聞こえた。
 キラのものを咥えたまま、その顔を見上げるとキラは切なげに眉を寄せて、熱い息を吐いていて。

 これも、始めて見る表情。
 けれどもっと、もっと余裕のない表情が見たくて。

 俺はもう一度、強く先端を吸い上げた。

 「・・・シン・・・ッ!」

 急にキラは俺の髪を掴んで、それから口を離させる。
 俺の口とキラのものの間に透明な糸が伝った。

 「なにす・・・っ」

 何するんだよっ!
 そう言おうと思った言葉は、キラの表情を見て喉の奥に消えていった。


 「そんなに・・・シて欲しかった・・・?」


 言葉が、出なかった。

 キラは笑っている。
 でも、いつもの優しい笑顔とは違う。


 「・・・や・・・っ!!」

 キラは固まっている俺の腕を掴むと、ベッドの上に引き上げて。
 どこにそんな力があるんだ、と言いたくなるような力で、俺の身体をベッドの上に押し倒した。
 ベッドの上に仰向けになった俺の上に当然のように、キラが圧し掛かってきて。

 「誘ったのは君だよ?」

 キラは細めた瞳で俺を見下ろして、そっと指先で俺の唇をなぞった。
 そして、深く深く口付けられる。

 「んぅ・・・っ!!ん・・・っ!!」

 俺の口を塞ぎながら、キラは手際よく俺のベルトを外し、ズボンと下着を一気に膝まで下ろしてしまう。

 「ん・・・、は・・・っ!!」

 口内はキラの舌でかき回され、露わになった後腔には指が突き立てられた。
 いきなり2本も突き入れられて、俺は痛みに顔を歪める。

 「・・・や、ぅ・・・っああ・・・!」

 やっと離された口からは抑えられない声が漏れて。
 キラの指の激しい動きに、後からはぐちゅぐちゅと音が聞こえた。
 俺がさっきしたようにキラは俺の首に口付け、何度も音を立てて吸い付いている。

 「あっ、はぁ・・・・ん、・・・・・あっ」

 後に入れられた指は、いつの間にか3本に変わっていた。
 

 「・・・」





(キラシン)

 それは、甘い甘い蜜月。



 小さな明かりだけが灯された部屋。
 その部屋のベッドの上、仰向けになり大きく開いた俺の足の間には、キラの身体。
 何も纏わない素肌で抱き締め合い、互いの体温を感じあう。
 繋がった場所が今にも溶けてしまいそうなほど熱い。
 
 「・・・シン・・・」

 名前を呼ばれると同時に下りてきた口付け。
 俺は夢中でキラの口内に舌を差し出し、互いを貪りつくすような口付けを交わす。

 「は・・・ぁ・・・・・ん・・」

 室内には唾液が絡み合う水音が響いて。
 キラの綺麗な鳶色の髪が、俺の頬に触れた。
 

 「ねえ、シン・・・君さ・・・」
 「・・・な・・・に・・・っ?」


 唇が離れ掛けられた声に、俺はきつく閉じていた瞳をゆっくりと開ける。
 目が合うと、繋いでいた手に力が籠められた。



 「エッチ・・・好きだよね。」
 


 口元に笑みを湛え、本当に楽しそうに笑うキラはそう口にして。
 俺は思わず・・・言葉を失った。

 普段ならそんな事言われたら殴りつけてやるのに。
 それが出来ないのは、やっぱり・・・俺がキラの言う通り『エッチ好き』だからだと思う。
 だって、凄く気持ちいい。
 キラに触れられる場所全部が熱くなって、自分の身体じゃないようで。

 「それに全身性感帯だし。凄いよね。」
 「せ、せいかんた・・・!!」
 
 行為のせいで上気していた顔が更に赤く染まる。

 「だって、どこでも感じるでしょ?例えば・・・」

 こことか。

 言いながら、繋がれていないキラの片手が、俺の胸の突起に軽く触れて。

 「あ・・・っ!」

 普段よりも敏感になっている俺の身体は、びくんと大きく跳ねた。
 何度もキラの指先が摘むようにそこに触れる。
 刺激が与えられる度に、快感が押し寄せた。

 「あ・・・あぅ・・・・・んんっ」
 「気持ちいい?」
 「・・・う、ん・・・・あ!」

 指が触れていないもう片方の突起が、キラの舌で舐め上げられる。
 
 「や・・・あぁ、は・・・・・・・・ぅ」

 ちゅ、と音を立てて吸い上げられれば、意識が飛んでしまいそうな程の快感。
 全身が小さく震えるのが自分でも分かって。
 もっと大きな快感が欲しくて。
 キラ自身が入ったままの後腔に、ねだるように力を込めた。

 キラの身体が、小さく反応を見せる。


 「・・・・・・全く君は・・・、他の人にもそうやってねだったりしてないよね?」


 俺の胸から顔を上げたキラの口から、苦笑しながら言われた言葉。
 俺は弱弱しく、首を小さく振りながら、キラの首に片手を回す。


 「し・・・てない・・・っ!!キラだけ、キラとしか・・・」


 こんな事しない。
 こんな事したくない。
 キラだからこんなに、自分でも恥ずかしいくらいに気持ちよくなるのに。


 「うん、分かってるよ・・・エッチ好きなシンを知ってるのは、僕だけだよね。」
 「・・・・・・ばかぁ・・・・っ」


 意地悪くそう言われても、俺はやっぱり否定できない。


 「・・・あ・・・・はあっ・・・!」


 だって、キラが小さく腰を動かしただけで、こんなに感じてしまうなんて。
 認めるしかないじゃないか。


 「・・・・あぁっ、は・・・・あ・・・んん・・・・っ!」

 「シン・・・・・・っ」


 息を乱しながら、俺の名前を呼ぶキラの声。
 この時の声が・・・一番好き。

 「・・・や・・・もうっ、・・・いっちゃ・・・・・・・あぅ・・・っ」

 容赦なく俺が感じる箇所ばかりを突いてくる。
 絶えず声を漏らす自分の口からは唾液が零れて。
 仰け反った俺の首筋に、キラは歯型が残るぐらい強く噛み付いてきた。

 同時に俺自身も射精を促すように、キラの手で掻かれて。


 「・・・い・・・・あああぁっ!!」


 呆気なく俺はキラの掌に精を吐き出した。






 「大体さ・・・・俺がこ、こんな風になったの・・・キラのせいなんだからなっ!」

 「うん。」

 あれから、何度か行為を繰り返して。
 ようやくキラの身体が俺から離れた時には、俺の身体は自分で立てないくらいに疲れきっていた。

 ベッドに寝転びながら、枕元に座っているキラを睨み上げる。
 俺は睨みつけているというのに、キラは相変わらず楽しそうに笑ったままで。

 「嬉しいよ、シンがエッチ好きになってくれて。」

 挙句の果てにはそんなことまで言ってくるものだから。


 「キラがそうだから、俺に移ったんだ・・・っ!!」


 精一杯の嫌味を込めてそう言ったのに。
 キラはますます笑みを濃くして・・・



 「知らなかったの?」



 平然と、そう口にされた。
 




(キラシン)



 「シン!」
 「わっ!なんだよ、ルナ!おどかすなよ・・・っ!」

 談話室で一人コーヒーを飲んでいたところだった。
 後から突然名前を呼ばれ、危うく噴出しそうになったのを必死で堪える。

 「ごめんごめん・・・ねえ、結局何あげたの?」

 軽く睨んでも、ルナは悪びれた様子も無く次の話題に移っていて。
 そんなのいつものことだから、今更気にはしないけれど。
 次の話題が何の事だか分からなくて、俺は顔を顰めた。

 「は?」
 「キラさんにお返し!」
 「なんの・・・?」

 キラにお返し・・・?
 何の事だかさっぱりと分からない。

 そんな俺の言葉に、ルナが目を丸くした。

 「や、やだ・・・ちょっとシン、あたし達もあげたのに返してくれないから、まさかとは思ってたけど・・・」
 「だからなんだよ・・・っ!」

 元から気が長くない俺は、遂に声を荒げてしまった。
 そしてルナは驚いていたかと思うと、次は本気で焦っている。
 ますます何の事だか分からない。

 しかし、ルナの次の言葉で・・・俺は事の真相を知る。


 「キラさんにバレンタインデーのお返しあげてないのっ?!」






 ・・・どうしよう。
 キラにあわせる顔が無い。

 俺はベッドの上に転がり、ひたすら考えていた。
 レイは昨日から議長の護衛とかで艦を留守にしている。
 レイには悪いけど、幸い考え込むには好都合だ。

 バレンタインデー・・・
 その一ヵ月後にはホワイトデー。
 ちょうど一週間前が、その日だった。
 今思い出してみれば、ヨウランやヴィーノもなんだかそわそわと落ち着きが無かったし、何故ルナとメイリンが紙袋いっぱいにお菓子をもらっているのか不思議に思っていたのがその日だ。
 
 しっかりと覚えていたはずなのに・・・

 俺は首から下げたチェーンを、そっと取り出した。
 そしてチェーンに通っている一つの指輪を掌の上に置き、また一つ溜め息を吐く。

 角度を変えれば小さなアメジストが光るこの指輪は、バレンタインにキラに貰ったもので。
 ずっと付けていたいけど、軍服を着てこの指輪はさすがにいけないと思った。
 だから軍服を身に着けているときは、細いシルバーのチェーンに通して持ち歩いている。
 ・・・キラには、秘密だけれど。 

 これを貰ったときは本当に嬉しかった。
 宝石とか、そういうものは俺には良く分からないけれど。
 でもキラの瞳に似ているこの宝石は、どんなものよりも綺麗に思えた。
 これを付けていれば、いつでもキラが傍にいてくれるような気がして。
 
 キラはたくさんの人達からの想いを全て断って、俺だけにこの指輪をくれた。
 俺だけを見てるから・・・と、そんな約束もくれた。

 それなのに俺は、そのお返しの気持ちを伝えるどころかすっかりと忘れてしまっていたのだ。
 ホワイトデーの一週間前までは覚えていて筈だった。
 けれど、最近様々な訓練や任務が重なって・・・なんてこれじゃただの言い訳にしかならない。
 キラは何も言ってこなかった。

 呆れて何も言えないのかもしれない・・・
 それとも、俺のお返しなんていらないなんて思っているかもしれない・・・

 掌の上で光る指輪を見ていると、自然と目尻に涙が浮かんでいく。


 「シン・・・いる?」
 「え・・・っ?!」


 急に鳴った呼び出し音と、聞こえた声に俺は驚いて顔を上げた。
 聞き間違えるはずの無い・・・甘さを感じるキラの声。

 「入ってもいい?」
 「え、い・・・いいよ・・・じゃないっ!ちょっとま・・・っ」

 聞かれた言葉に、反射的に肯定してしまう。
 俺は慌てて指輪を服の中に入れ、少しだけ浮かんだ涙をごしごしと擦った。
 そして、その次にはもうドアは開いていて。

 「・・・ごめん、開けちゃった。」

 困ったように眉を少し下げて、キラが部屋の中へと入ってくる。
 
 「・・・今、レイいないんだっけ?」

 部屋を見渡してキラがぽつりと言葉を漏らした。
 その視線の先には、俺が散らかした衣類や雑誌などが散らばっていて。
 俺は慌てて口を開いた。

 「だから、今片付けようと思ったのに・・・っ!」
 「そんなの後でもいいよ。」

 キラはいつものように柔らかく微笑んで、俺の座るベッドに腰を下ろす。
 近くなった距離に自然と心臓の動きが早まった。

 キラに対する罪悪感と。
 どう謝ろうか、どうして何も言ってこないのか・・・全てをどう切り出したらいいのか、と。
 それを考えると、更に心臓が重く動く。

 「ルナマリアがね、シンに会いに行ってあげて下さいって。」
 「・・・っ!!」

 ルナの奴・・・っ!!!

 俺は心の中でルナの名前を叫んだ。
 きっとルナはルナなりに気を利かせているのかもしれないけれど。
 俺はまだなんにも考えていなくて。
 謝る言葉すら、一言も浮かばなくて。

 それでもキラは優しく笑って、俺の隣に座っている。


 「でも、僕もシンに会いたいって思ってたから・・・会う口実が出来て、ルナマリアには感謝かな。」


 そして、何もかもの不安を飛ばしてしまうような・・・そんな言葉もくれる。

 俺は何もしていないのに。
 貰ったもののお返しすら、伝えられないのに。

 「・・・シン?」

 キラが眉を寄せて俺の顔を覗きこんだ。

 「どうしたの、シン・・・?」

 俺の名前を呼ぶ声は、少しだけ揺れていた。
 
 いつもいつも。
 どんな時でも優しいキラ。
 今だって、表情も声も、そっと俺の背中に触れた掌も・・・全てが優しく感じて。

 「・・・ぅ・・・っ」

 俺はきつく目を瞑って俯いた。
 膝の上にぽたぽたと雫が落ちる。

 「なんで泣いてるの?僕がここに来たの嫌だった・・・?」
 「ち、ちが・・・」

 キラが眉を寄せて俺の顔を覗きこんだ。
 細い指先が涙を拭おうと俺の目元にそっと触れる。

 その指先に促されるように俺は顔を上げて、キラの顔を正面から見た。

 「ごめ、なさぃ・・・っ!俺・・・わ・・・すれて・・・て・・・っ!」

 搾り出した声に嗚咽が混じった。
 俺の言葉を聞いて、キラは眉を寄せたまま首を傾げる。

 「シン・・・どうして謝るの・・・?」
 「ゆびわ、もらったのに・・・っ!」
 「指輪・・・ああ、もしかして・・・」

 涙で濡れた俺の頬を、キラは掌で包み込んで。
 
 「ホワイトデーのお返しの事?」

 そして柔らかく、俺の好きな笑顔でキラは笑った。

 「・・・きら・・・?」

 何でキラが笑っているのか分からなくて。
 その戸惑いにキラの名前を呼ぶとキラは笑顔のまま、俺の頬から掌をゆっくりと下へと滑らせる。
 首筋をキラの掌が撫でるように触れて、身体が小さく震えた。

 「お返し・・・もう僕はもらった気でいたんだけど・・・」
 「ぇ・・・?」

 キラの言葉に俺は目を見開いた。
 俺がキラに返した物・・・だって、そんなの何も無い。

 けれどキラは俺の鎖骨辺りで手を止めると、紫の瞳を細めて口を開いた。

 「これ・・・」

 キラの手が俺の首にかかるチェーンをそっとなぞった。
 そこにあるのは、キラから貰った小さなアメジストが光る指輪。

 「ずっと着けてくれてるよね・・・」

 アメジストを指先で転がしながら、キラは俺の額に自らのそれを合わせて。

 「それが、シンが僕にくれたお返しでしょう?」

 その言葉に、俺は戸惑う事しか出来なかった。
 
 キラが、俺がこうやって指輪を身に付けている事を知っていると思わなくて。
 でも、これはただ付けたいと思ったから付けてるだけなのに。
 キラから貰ったこの指輪を、離したくないと思っただけなのに。

 「そんなので、いいの・・・?」
 「そんなのじゃない、凄く嬉しいんだよ。」

 恐る恐る聞いた俺に、キラは間を置かずに返事を返して。
 今にも鼻先がぶつかり合いそうな距離に、今更ながらなんだか居た堪れなく・・・
 俺はキラの肩に額を擦り寄せた。

 「でも・・・でもさ、やっぱり何かあげたいよ・・・遅れちゃった、けど・・・」

 これも今更かもしれないけれど。
 でも、形になるものを、俺からキラにあげたいと思った。

 「じゃあ、少し欲張りになろうかな。」
 「欲しいものあるの?!」

 キラの声に、俺はキラの肩から顔を上げる。
 キラの欲しいもの・・・それを聞き逃さないように瞳をしっかりと合わせて。
 そして俺の問いに、微笑んだままキラが頷く。

 「僕が欲しいもの・・・そんなの一つだけしかないよ」
 「な・・・っ」

 何、と続けようとした言葉は、突然唇に触れたキラのそれに掻き消された。


 「シンだけ・・・シンが欲しいよ・・・」


 小さく触れるだけで離れた唇が、俺の名前を象る。
 柔らかい甘さを感じるキラの声が何度も俺の名前を繰り返しながら、顔中にキスの雨を降らせる。
 キラの唇が触れるたびに俺の身体は小さく跳ねて。
 
 嬉しかった。
 俺なんかを、キラが欲しいと言ってくれることが。
 他の誰でもない。

 キラが、そう言ってくれたことが嬉しかった。


 「・・・キラ・・・」


 名前を呼んで、キラの首に腕を回す。
 そしてキラがしてくれていたように、瞼に小さく口付けて。


 「俺の全部、もらってくれる・・・?」


 キラの癖のない髪に頬を寄せて言った、言葉。
 それにキラは・・・俺の身体を強く抱き締める事で答えてくれた。



(キラシン)


 シンが、僕の家族になったのは・・・今から8年も前のこと。
 僕はまだ13歳。

 シンは、6歳だった。


 甘やかされていたと思う。
 母は僕が幼い頃に病気で他界してしまったけれど、その分父はいつも僕の事を気にかけてくれた。
 母がいなくて寂しくなかった、とそう言えば嘘になるけれど。
 父は普段は仕事で遅くなる事が多かったけれど休みの日には、色々な場所へ遊びに連れて行ってくれたし、僕にたくさんの話をしてくれて、大きな固い手で僕の頭を撫でてくれたり肩車してくれたり・・・クリスマスや誕生日にはたくさんのプレゼントと笑顔をくれた。
 兄弟のように仲がいいアスランもいた。
 アスランのご両親は仕事で帰らない日も度々あったから、アスランが僕の家に泊まることも少なくなかった。毎日二人でゲームしたり、駆け回ったり。宿題だっていつも二人で・・・というか、苦手な部分は全部アスランに聞いていたけれど。

 寂しい、と思うことはあまり無かった。
 思うのはアスランも父も、誰もいなくて一人になった時と・・・母の命日。
 傍に誰かがいることが当たり前で、一人になれば寂しくて泣いた。
 母がいないという事を実感してしまう命日にも、もういない母の事を思って泣き腫らした。
 そしてそれを受け止めてくれる人もいて。

 『一人じゃないよ。』

 『一緒にいるよ。』

 寂しい、寂しいとただ泣くだけだった僕にくれたたくさんの優しい言葉。
 僕は愛されて、甘やかされて・・・
 
 



 「シンっ?!どうしたの・・・?!」

 シンが僕の家に来てから一週間と少しが経った日だった。
 隣で丸くなって寝ていたシンが、白い顔を真っ赤に染めて苦しげに呼吸を繰り返して。
 
 「シン・・・、シン、どこか痛いの?具合悪いの?」

 幼い肩に触れてそう聞いても、シンは弱々しく首を振るだけ。
 額にそっと触れると、そこは酷く熱を持っていた。

 この頃、シンと僕の部屋は一緒だった。
 弟が可愛くて可愛くてしょうがなくて。シンも僕にすぐに懐いてくれたから、僕から言って部屋を一緒にしてもらった。小さなシンの身体と一緒に寝ても、ベッドが狭く感じる事もないから寝る時もずっと一緒で。
 父と義母におやすみなさいと言ってから、僕達はベッドの中で色々な話をした。


 僕はどうしたらいいかも分からずに、シンにちょっと待っててね、とだけ声をかける。
 そして部屋を出てばたばたと音を立てて、父と義母のいるリビングへと走った。

 「お母さん、シンが・・・っ!!」
 「シン・・・熱出しちゃった・・・?」
 「うん・・・すごく苦しそうなんだ・・・っ!ねえ、シン病気なの?!」

 僕の言葉に義母は少しだけ眉を寄せる。

 「シンはね、キラ君よりも少しだけ体が弱くて・・・だからこうやって熱を出してしまうこともいつもなの。」
 「・・・死んじゃうの・・・?」

 義母は困ったように微笑んだまま、首を小さく振った。
 その後では父が心配そうに表情を歪めている。
 そんな父に、大丈夫ですからと言葉を残し、義母は慣れた手順で薬とコップに水を入れ、僕とシンの部屋のある二階へと行く為に静かに階段を上っていった。僕も慌ててその後ろを着いていく。
 ベッドの上には、変わらずシンが丸まって荒い息を吐いていた。

 「シン・・・」


(キラシン台詞だけ)

 「お、俺、キラのことが好きなんだ・・・っ!」
 「シン・・・?」

 「今日、ヨウランが言ってた!好きっていうのは、隣にいるだけで嬉しくなって、名前呼ばれたり、笑ってくれたら凄く嬉しい気持ちだって・・・っ!」

 「俺、キラと一緒にいたらいっつもそんな気持ちになるんだっ!これって好きってことなんだろ?」

 「僕もシンのことが好きだよ。」

 「ほんとっ?!」
 「うん、大好きだよ。」

 「・・・でもね、シンの『好き』はヨウラン君の言ってる『好き』とはちょっと違うんじゃないかな?」
 「違わない!」


 「だって、俺だって・・・、キラとき、きすしたいって思う・・・っ!」


 「・・・シン。」

 「それは、いけないことなんだよ。」
 「・・・っ」

 「・・・血は繋がっていなくても、僕は君の兄だ。それに僕もシンも男なんだよ?」

 「シンが僕の事を好きって言ってくれるのは、とても嬉しい。でもキスが出来る、それだけで恋人にはなれない。」

 「・・・ごめん、なさい・・・」


(レイシン)

 シンは、一人になるのを嫌う節がある。
 けれどそれを知っているのは、恐らく自分だけだろう、とレイは思った。


 「・・・シン。」
 「・・・何?」
 「そんなに誰かと一緒がいいなら、談話室でも行けばいいだろう?」

 今は、シンとの相部屋である自室。
 一日の訓練をこなし、その後も愛機の元で様々な業務に追われ、そしてやっと部屋に戻れば・・・今の状況。
 一足早く部屋に戻っていたシンは、レイが部屋に帰るなりに前から勢い良く抱きついてきたのだ。
 いや、抱きつくというよりも、しがみつくという表現の方が正しい。

 シンがこのような態度を見せるのは、寂しい、とシンが思っている時。
 心なしか微かに震える腕をレイの背中に回し、白い頬をレイの肩に押し付ける。

 「レイ・・・だよな?」
 「他に誰がいる。」
 「うん・・・分かってる。レイだよな。」

 そして確かめるように何度も名前を呼び、更にきつくレイの背中にしがみ付いた。
 レイの、シンよりも少しだけ大きい掌が柔らかな黒髪に触れる。

 こうして、シンが自分に触れてくる時。
 レイはいつも思う。

 一人で、この部屋に待たずに、せめて談話室にでも行けば、きっとルナマリアやヴィーノ・・・それにアスランだっているだろう。
 シンとアスランはあまり友好的とは言えないが、それでも一人でいるよりはいいのではないか。

 だから、レイは言ったのだ。


 「談話室に行けばルナマリアや、ヴィーノやヨウランだっているかもしれないだろ。」

 一人で、こんなに震えながら待つくらいならその方がいいに決まっている。
 けれど、シンは小さく笑いレイの方に額をつけたまま緩く首を横に振った。


 「・・・レイと二人じゃなきゃ意味ない・・・」

 「シン・・・?」

 「一人になるのは・・・好きじゃないけどさ・・・。でも、一人になりたくない時って、レイと一緒にいたい時なんだ。だからレイと一緒じゃなきゃ嫌だ・・・」

 ふたりが、いい。

 その言葉を聞いて、レイは小さく息を零す。

 「全く、お前には・・・」

 適わない、その言葉の代わりに、レイは顔を上げたシンの唇に小さなキスを贈った。


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