7、出会い方はあんなだったけど。


 シンに追い返されるように学校に戻ったキラは、見ていて気持ちがいい程清々しい顔をしていた。
 突然教室を飛び出して行って、何処に行ったのかと心配してもキラの携帯電話はカガリの手の中。キラの思い詰めた様子に顔を青褪めさせていたアスランとカガリだったが、帰って来たキラの様子を見て呆気に取られてしまう。
 出て行く前とは打って変わった晴れ晴れとした表情で、全く手の付けていなかった書類に手を伸ばすと物凄いスピードで仕事を片付けていく。アスランとカガリはますます顔を見合わせて首を傾げるばかりだった。
 空が暗くなってきたのを見計らい、アスランとカガリに合わせてキラ自身も帰り支度をし、普段通り学校を出る。まるで何も無かったように、いやとびきり嬉しい事があったとでもいうようにキラの機嫌はすこぶる良かった。

 「キラ、シンと仲直り出来たのか?」

 キラとカガリは同じ家だし、アスランとは家が近い。自然と3人で歩く帰り道、カガリはふと思いつきで少し先を歩くキラに声をかけた。

 「うん、心配掛けてごめんね」
 「そうか、なら良かった。お前も元気そうになったしな」

 見るからにほっと肩を撫で下ろした姉の姿に、キラはにこやかに笑って見せる。
 2人のやり取りをカガリの隣で聞いていたアスランは、常々思っていた疑問を口にした。

 「キラをここまで振り回すなんて・・・シンってどんな奴なんだ?」
 「そうか、アスランは会った事ないもんな。キラ、今度シンを家に呼ぶ時アスランにも紹介したらどうだ?」

 キラは少し考え込むように間を置いたが、すぐにまた先ほどのように笑顔を浮かべる。

 「・・・その内ね」

 キラ自身、それがいつになるかは分からなかった。
 けれど、そう遠く無いだろうなと、どことなく考えていた。

 そして、今シンはキラの家にいる。
 キラはシンのバイトが終わる頃を見計らって迎えに行き、そのままシンを自宅に連れて来た。家に着いてすぐにカガリは帰省しているラクスの家へと遊びに行った事もあって、カガリはいない。キラの自宅で二人きりになるのは随分と久しぶりの事だった。
 カガリにはアスランにシンを紹介する事を薦められていたが、今日シンをアスランに会わせる気は無い。そんな事は行く行く、その機会が来た時でいいとキラは思っている。

 「・・・何から話せばいいかなあ・・・」
 
 とりあえずリビングのソファの上に並んで座り、キラは僅かに首を傾げた。シンは黙ってキラの言葉を聞こうとしている。
 そのシンの様子に本当に今まで、言葉が足りなかったのだという事を、キラはまた改めて実感した。
 
 「とりあえず、ラクスの事話そうか・・・少し長くなるんだけど・・・」

 一息吐いて、キラは思い返すように目を細めた。

 ラクスと出会ったのは、二年前の今よりも、僅かに肌寒さが残る季節だった。
 キラとカガリの実家は地方では有数の名家で、二人の父親は有力な政治家として名を馳せていた。不正を良しとしないその姿勢は国民や同議員からの支持も高く、キラもカガリもそんな父の事を誇りに思っていた。その気持ちは今でも変わらない。
 ただあの頃はそれ以上に、周囲から、父から向けられる視線にキラはうんざりとしていた。
 キラは幼い頃から必要以上に、物覚えが良すぎた子供だった。逆にカガリは、今でこそたまに実家に帰って父の手伝いをしているようだが、当時は普通の子供で、それがまた比較対照になったのだろう。キラに対する周囲の期待は年を増す毎に高まっていき、幼い頃は特に何も感じていなかったキラも、徐々に違和感を感じるようになっていた。
 カガリ自身、口にはしないが、あの頃はカガリなりに思う事もあったと思う。実際、それでも姉として接してくれたカガリと、キラと似たような境遇のアスランがいなければ、キラはとっくに押し潰されてしまっていたとキラ自身感じている。
 特別扱いされるのは好きになれなかった。普通に外で遊んで、ゲームをして、自分のしたい事をしたかった。こんな事したくはない、と口に出せればまだ良かったかもしれなかったが、キラは聞き分けもすこぶる良かった。反抗したくても、それが出来なかった。
 しかし、そうして長い間キラの中で溜まっていた鬱憤は、二年前、遂に暴発した。今の高校への入学が決まった日だった。
 キラは高校も今キラが通っている高校ではなく、シンの通っていた高校に行きたかったのだ。キラ自身も予想はいていた事だが、学力の差異などから当然反対され半ば無理矢理今の高校を受験させられた。落ちたならそれでもいいと最初は白紙で答案用紙を出そうとも思っていたが、それを迷わせたのはキラと同じ学校へ行くと、張り切って受験したカガリの存在があったからで。碌に受験勉強はしなかったのだが、見事に入学が決まってしまった。
 嬉しくも無いのに笑顔で祝いの言葉を受けている自身に気付いた途端、キラは半ば無意識に行動していた。
 キラは家出を試みたのだ。
 突発的な家出だった。小さな鞄に僅かな衣服と財布だけを持って、家を飛び出したのだ。ただ、無我夢中で、どこに行く当てもなくふらふらと夜道を歩いて。
 そして、

 「交通事故に遭ったんだ」
 「事故・・・?!」

 目を見開くシンに、キラは頼り無さ気に苦笑して頷いた。

 「それがね、ラクスの乗ってた車だったんだよ」

 キラはその事故で、左腕の骨折と右足首の軽い捻挫、それと打撲という怪我を負った。
 何も考えず車道を飛び出したのはキラだ。幾ら今の交通法でこのような事故に遭った場合、如何なる事態でも車側に非がある事になっていてもキラの過失は充分に認められる。
 けれどラクスはキラに対して何も責めるような事は言わず、キラの看病を申し出てくれた。
 今は家に連絡して欲しくはない、もう少しだけ時間が欲しいと、そう切実に言ったキラの言葉を聞いてくれた。ラクスのかかりつけの病院で、特別に治療を受けさせてくれたのだ。
 そうして、キラは一人になる時間を持つ事が出来た。
 一人で病室で黙って過ごす時間も貴重だったし、見舞いに訪れて来たラクスはキラの良い話し相手になってくれた。独り言のようなキラの話にただ黙って耳を傾けてくれた。

 「・・・結局は、こっちから連絡する前に実家にばれちゃったんだけど。でも、少し距離を置いたからかな?久しぶりに父さんや皆に会った時に、凄く自然に向き会える事が出来たんだ」

 カガリには泣かれたし、アスランには怒鳴られた。それでも素直にそれを受け入れることが出来た事を、キラは今でも良く覚えている。
 父がラクスに対して何か事を荒立てるような事を言わないか、キラはとても心配だった。けれど、そんなキラの心配を余所に父は静かにラクスへ頭を下げたのだ。
 
 「尊敬はしてたけど、それが父親に向けるものとはちょっと違ってたし。厳しいだけの人だと思ってたんだけどね・・・やっぱり父親なんだってあの時思ったな・・・」
 「・・・いいお父さんじゃん」
 「うん、今ではそう思ってるよ」

 たくさんの人に迷惑をかけて、キラ自身も決して軽くはない怪我をして。
 それでもあの時家を出たのをキラは後悔していない。

 「・・・自宅療養に戻ってから話し合って、高校は今の所に通うから、その代わりに一人暮らししてもいいって言ってもらって。まあ、カガリが着いて来ちゃったんだけど・・・カガリは大事な姉だし、半身だしね。僕としてもカガリが一緒にいてくれるのは嬉しい事だから、それで今の状態っていう感じかな」
 「へえ・・・」
 「ラクスはそれから僕の恩人で理解者で、良き友人って感じで付き合っていってる。ラクスも、僕があまりにも普通に接するから、それが嬉しかったみたい。僕に限らずカガリもアスランも同じような感じだから、自然に4人で集まったりする事も多くなったしね・・・」

 この事をこうして誰かに話すのは、始めてかもしれない。
 ふとシンの反応が気になって顔を覗きこむと、何だか難しそうな顔をしていた。
 何処か分かりにくい場所があったのかと、キラは不安になる。今日はシンが分かってくれるまで話をするのだと腹を括ったのだ。すっきりした顔をして貰わなければ意味が無い。

 「・・・こんな感じ、なんだけど・・・分かった?」
 「うん・・・とりあえず、キラが金持ちだってことは・・・」
 「そこは、結構どうでもいい事なんだけどな・・・」

 思わずがくりと肩を落としてしまう。

 「でもさ・・・」
 「何?」

 変わらず難しい、何か考え込むような表情をしたままシンが首を傾げた。

 「何で、それをさ・・・俺が聞いた時言ってくれなかったんだよ」
 「それは・・・」
 「疚しい事とか何もないじゃん?俺べらべら言い触らしそうに見えた?こう見えても結構口堅いつもりなんだけど・・・」
 「そういう訳じゃないよ・・・シンは何も悪くない、ただ・・・」

 そう、家の事だとかそんな事はキラにとってはどうでもいい。言いたくなかった理由は他にある。

 「・・・・・・だって、格好悪いじゃない?」
 「はあ?」

 項垂れて、力なく口にしたキラに、シンは眉を顰めた。

 「家出に始まってふらふら歩いてたら交通事故に遭って、挙句の果てに自分を撥ねた相手に我侭言って介抱してもらって・・・そうやってラクスと出会いました・・・なんて・・・」

 自分自身口に出すとなんとも情け無くなって来る。簡潔にしてしまうと、更に情け無く思えてキラは思わず泣きたくなった。
 ちらりと隣を見るとシンが腹を抱えて笑い出す一歩手前だった。肩を微かに震わせている。
 ああ、やっぱりとキラが溜息を吐いた途端、シンは声を上げて笑い出した。

 「あ、あははははっは・・・そ、そんな理由で・・・っ!」
 「・・・ほら、やっぱり笑うでしょ?」
 「ちが、ちがうって・・・っ!そんなんじゃなくて・・・っ」
 「いいんだよ、無理しなくて。初めて会った時も僕、散々だったじゃない?これ以上格好悪いとこなんて知られたく無いって思ってたんだけどね・・・」
 「だから、違うって・・・っ!人の話し聞け!」

 不貞腐れたように膝に腕を付いて、そっぽを向いたキラの背中をシンが軽く手で叩いた。
 軽くではあるが、無防備な背中に突然の攻撃は、予想外の事もあってか以外に痛いもので。キラが渋々目線を戻すとシンは何やら真面目な顔をしている。
 また予想外の事に、キラは自然と姿勢を正した。

 「・・・別にかっこ悪く無いと俺は思うけどさ、でも、かっこ悪くてもいいよ」
 「シン・・・?」
 「そんな事キラが気にする必要無いんだって・・・・・・俺、あの変なキラに一目惚れしたんだし・・・」

 後半は小声だったが、しっかりと耳に届いた。
 シンは赤くなっていく顔を隠すように、顔を俯かせている。
 まさかのシンの言葉を、キラは夢の中で聞いているように感じていた。あの散々でどうしようもない状態のキラを、シンは好きになったと言ったのだ。キラにとって少し複雑な思いも少しだけあるが、嬉しい事この上ない。

 「話してくれた事の方が嬉しいし・・・うん、それでいいじゃん」

 俯いて顔を隠したのは良いけれど、髪から覗く耳までは隠せていない。
 真っ赤に染まった耳が可愛くて。キラはそっとその耳元に唇を寄せた。

 「・・・実は、僕も一目惚れ」

 耳元で囁くように言うと、驚いたのか、それとも急な耳への刺激のせいなのか、そのどちらかは分からないが、シンが耳を押さえて顔を上げた。
 シンの顔が上向きになった瞬間に、狙ったようにその唇に口付ける。啄ばむ様なそれはすぐに離れたが、シンは顔を真っ赤に染めたまま呆然としていた。
 でも、キラがふわりと微笑みかけてまた顔を近付けると、目を閉じて受け入れようとする。
 間近にあるシンの顔に、案外睫が長いなとか、本当に綺麗な肌だなと取りとめなく思いながら、先程よりも深く口付けた。

 「・・・ふ・・・ぅ・・・」

 舌先で歯列をなぞるとシンが身体を震わせる。逃げないようにシンの背中をソファに押し付け、舌を絡ませるとシンの腕がゆっくりと背中に回った。
 何度も角度を変えてシンの口内を貪る度に、唾液が混ざり合って水音が聞こえる。音といえば時計の規則的な音と、僅かに外から聞こえる雑音くらいしかない室内で、その音は厭に耳に付いていやらしいものに聞こえた。
 
 「・・・ん・・・っあ・・・ふ」

 思う存分口付けを堪能してシンから顔を離すと、シンは身体を震わせてキラにしがみ付いてきた。幼い子供のような行動が愛しく思え、キラはその背中を緩く撫でてやる。それすらにもびくりと身体を揺らすシンには思わず口元が弛んでしまったけれど。

 「・・・そ、いえばさ・・・」
 「ん?」
 「ヨウランが・・・」
 「・・・ヨウラン?」

 何処かで聞き覚えのある名前だとキラは疑問に思う。

 「キラも・・・今日会ったよ?俺のバイト先で、大声で俺を出せーって迫ってただろ。あれがヨウラン」
 「・・・ああ、そうなんだ」

 そういえば彼には悪い事をした、と今更ながらに感じる。あんな状態で息り立っていたキラは、ヨウランにはどんな危険人物に見えたのか。それでも彼はシンを呼んでくれて、キラと話が出来るように時間を設けてくれた。
 今度からピザはあの店から買うように周りにも言っておこう。
 シンを抱き締めたままぼんやりと考え事をしている間、シンは口を噤んでいた。
 顔を見なくても、何かを迷っているのがなんとなく分かる。

 「ヨウランがさ、キラ帰った後に言ったんだよ・・・あれがお前の家庭教師だろって」
 「うん・・・?」
 「俺、今までキラに言われた事とかで、悩んでた時結構ヨウランに相談しててさ・・・」
 「え・・・?どこまで・・・?」
 「・・・大体、全部。でもキラが男だってのは言ってなかったんだけど・・・」

 という事は、彼はその『家庭教師』とシンが、そういう関係だという事も知っていて。それにも関わらず、キラの姿を見てシンとの関係を推測したというのか。
 シンがそこまで相談するという事はそこそこに親しい仲なのだろう。そんな相手にキラとの関係を悟られてしまって、シンは大丈夫なのだろうか。
 キラはシンの表情を見ようとシンの身体を少しだけ離す。あっさりと離れていったシンの表情は、キラが心配していたようなものではなかった。

 「・・・キラの事見て、すぐに分かったって。男だとは思わなかったけどあの人がお前の相手だろ、仲直り出来たのかって言われて・・・」
 「なかなか鋭いね、彼は・・・」
 「ほんと、俺もびっくりしたけど・・・それでもさ、言ってくれたんだ。そういうのもアリじゃねって、すっごく軽く。なんかそれが嬉しくて」
 「そう、だね・・・」

 シンの言っている事はキラにも良く分かる。
 皆に話して、皆に理解してもらえる関係では決して無い。だからこそ、そんな何気ない一言を嬉しく思う。

 「俺もキラも男だし、それで、こんな風になるのっておかしいと思われる事の方が多いかもしれないけど・・・」

 シンはどこか照れたような、けれど年相応の無邪気な笑顔をキラに向けた。

 「・・・それでも、キラがいれば大丈夫な気がする」

 キラは、不意に涙が込み上げてきそうになるのを感じた。嬉し泣きなんて初めてだと頭の片隅で思いながら、熱くなる目許をシンの肩に押し付ける。
 シンは笑ってそんなキラの髪を少し乱暴な手付きで撫でた。

 「・・・なんだよ、キラ。泣くなよ」
 「シンが悪い・・・」

 そうだ、シンが悪いのだ。
 嬉しくて涙が溢れてしまうのも、こんなにキラがシンの事を好きになってしまったのも、全部シンが悪い。
 こんなに誰かに甘えて見せるのも、キラにとって凄く久しぶりの事だった。精神面でもシンに甘えている部分を自覚しているだけあって、ついさっきと間逆な立場にキラは苦笑する。
 髪を撫でてくれるシンの掌の温度が酷く愛しい。

 (・・・好きだなあ・・・)

 不意に胸の奥からじわりと暖かくなっていくのを覚える。
 同時にどうしようもない衝動が湧き上がってくるのも分かって。

 「・・・・・・抱いていい?」
 「いちいち聞かなくていいって・・・」

 肩に顔を押し付けたままぽつりと呟くと、シンはしょうがないなとでも言うように笑った。


 どちらともなく唇を寄せ合って、そのままシンの身体をソファに押し倒す。
 いつもセックスをする時はシンの家で、こうしてキラの家で行為に及ぶのは初めての事だった。それにも関わらず、こんなソファの上でいいのか、とキラは一瞬だけ迷ったが自室の惨状に思わず苦笑してしまう。
 キラは私服だが、シンは学校からそのままバイトに行くので制服を着ている。
 学ランを脱がせ、その下に着ている白いシャツのボタンを外しながら、初めての時に余裕の無さからこのボタンを引き千切ってしまった事を不意に思い出した。それに、初めてだったのにも関わらずシンには散々無体をさせてしまった。
 思い返して苦い顔をしているキラを、シンは訝しげに見上げる。

 「何一人で百面相してるんだよ・・・」
 「・・・優しくしたいなって思って」
 「じゃあ、いつも通りでいいんだから・・・!間持たれると恥ずかしいんだってっ!」

 言葉通り頬を染めて顔を背けたシンに、キラは笑い掛ける。
 いつも通りでいいと言ってくれた事が嬉しかった。

 「・・・ん・・・っ」

 白い胸にある小さな突起に舌を這わせるとシンの身体が震えた。何度も繰り返したセックスでシンの感じる場所は分かっている。的確に触れて、シンの快感を引き出していく。
 自分だけ気持ちいい思いをしたいのなら自慰で充分だ。細い声を零しながら喘ぐシンの表情を見て重々思う。
 細い両足を抱え上げてキラの自身を、充分に慣らした秘所に押し付けてもシンが痛みに呻く事はないのにほっとして、ゆっくりと全てを押し込む。初めての時は急ぎ過ぎて流血までさせてしまったのだ。二度と同じ痛みをシンに与えたく無い。
 全部が入った事に息を吐くと、抱え上げた両足がひくりと動いた。

 「・・・痛くない?大丈夫・・・?」
 「だ・・・いじょ、ぶ・・・だから、きら・・・あ」

 ねだる様な声色にそっと腰を引く。律動を強くしていくと、シンが耐え切れ無いように声を零した。
 今までのシンとの行為もキラは充分過ぎる程良いものだと思っていたが、心が通じ合っているセックスがここまで心地良いとは知らなかった。
 繋がったまま身体を折り、誘われるように開いた唇に顔を寄せる。

 「あ・・・っ、あ、ん・・・っん、んん・・・っ」

 深いキスにシンが苦しげに眉を寄せた。
 白い腕がキラの首に絡み付いて引き寄せられ、いつもよりも熱い体温を感じながら仰け反った首筋に顔を埋めた。




+ + +




 「そういえば、ラクスとの食事の件なんだけど」

 数日後、シンの返って来たテストの答案用紙を見ながら、キラは思い出したように口を開いた。
 シンも以前にキラからその話を切り出された時は誤解から突っぱねてしまったが、その誤解が解けた今は拒絶する理由が無い。元よりシンにとってラクスは憧れの人、その人なのだ。

 「うん、それで?」
 「ラクスが僕とカガリの誕生日祝えなかった事が相当ショックだったみたいでね、それに今年は僕が嘘吐いたせいでいつもみたいに祝って無いっていう事もあって・・・」
 「嘘?」

 基本、真っ直ぐなシンは嘘が好きではない。
 予想通り顔を顰めたシンに、キラは悪びれた様子もなく笑顔で頷いた。

 「うん、アスランとカガリの愛のキューピッドになろうと頑張ったんだけどね。結局自分にしか効果無かったみたい」

 いい加減なキューピッドだよねー
 そう、ころころと笑うキラにシンは付いていく事が出来ず、しきりに首を捻っている。
 キラはひとしきり笑った後だって、と続ける。

 「嘘吐いてアスランとカガリをデートに出さなかったら、ピザ取る事もなかったんだよ?シンと会う事もなかったんだよ?」
 
 急に耳元で囁いて寄せてくるキラの顔を、シンは掌で制した。
 結局キラはシンの家庭教師をまた担うことになった。そして、返却されたテスト用紙を見ながら、二人はそれとなく誓ったばかりなのだ。
 勉強とそれ以外の時間の境界線を引こう、と。

 「それで、ラクスさんが何だって?」

 なのに、キラはキスくらいいいじゃない、なんて言って拗ねている。
 シンは溜息を吐きそうになるのを抑えながら、先程の続きを促した。

 「・・・改めて僕とカガリの誕生日をお祝いしてくれるって。それにシンも連れて来てくださいねって言われた。サインもその時に渡しますからって」
 「・・・俺も行っていいの?」
 「当たり前じゃない!何言ってるの?!・・・でももうプレゼントは貰ってるから、変に気にしなくていいからね」
 「プレゼントって・・・っ!あんなの全然大した物じゃ無いし・・・!」
 「そのあんなのに僕がどれだけ喜んだか知らないでしょ?」

 今まで貰ったどんな物より嬉しかった。
 一人で過ごす誕生日が案外寂しくて、そんな時に手を差し出されたのが嬉しかったからなのかと思った事もあったけれど。
 でも今なら、そうじゃない、それだけなんかじゃないと、キラは言う事が出来る。

 「皆に恋人だって紹介するね」

 隣に当たり前の様に座っていられる関係になれて、凄く嬉しい。
 手を伸ばして、渋りながらも受け入れてくれるのが、凄く凄く嬉しい。

 キスが駄目ならと、そっとシンの手に指を絡めてきたキラに、シンは驚きつつも僅かに頬を染める。

 「・・・もう、勝手にしろよ」

 呆れたように。
 それでも同じように手を握り返してくれる心地良い体温を感じて、キラは柔らかく笑った。





 おわり

(お題をsham tears様よりお借りいたしました)

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