小指と小指を 2

 軽く握ったシンの手は熱のせいかいつもよりも熱かった。
 その体温を感じながら、シンの言葉を聞いていたキラはその意図を理解できずに顔を顰める。

 「・・・シン?ごめん・・・それってどういうこと・・・?」
 「だから・・・っ!」

 人よりも数倍優れているであろう頭をいくら回転させても、シンの伝えたい事にはつながらない気がした。
 分からない事はもう一度、本人に聞くしかない。
 キラが控えめに聞いた言葉にシンは熱で赤く染めた頬を更に色濃くさせ、口調を荒々しくさせた。
 けれどこれはシンが照れている証でもあって。

 『・・・照れるようなこと・・・?』
 
 一人そう思いながらシンの瞳にキラは自らの瞳をあわせた。

 「だから・・・っ、俺はもう大丈夫だって見せたかったんだよ!」
 「・・・?」

 繋がれていない片方の手で、シンは自らの目を隠しキラから目を背ける。
 一方のキラはそれでもまだ話の意図が掴めず、首を傾げた。
 そして、もう一度聞き直そうとする前に、シンはキラから顔を背けたまま小さな声をぽつりと零す。

 「・・・キラ、今大学忙しいんだろ?」
 「忙しくないって言えば、嘘になるかな・・・」

 シンは変わらずキラから目を背けたまま。
 キラは赤くなった耳を見ながら、その質問に答えた。

 「なのに、キラいつも俺のこと気にしてる・・・本当は家で勉強しなくちゃいけないんだろ?学校の時間だけじゃ足りないんだろ?」
 「そんなこと・・・」
 「この前!」

 急に口調を荒くさせ、シンは勢い良くベッドから起き上がる。

 「アスランさんに会って、全部聞いた!キラがいっつも大学で眠そうにしてて心配になったって!家でちゃんと寝てるのかって聞かれたんだ!!」
 「アスランが・・・?」
 「そうだよっ!俺、なんも答えられなかった・・・!だってキラが寝てるとこ・・・思い出そうとしても思い出せない・・・っ」

 何を返せばいいのか・・・
 どう言葉を返せばいいのか・・・
    
 それが分からずキラはもどかしげに唇を噛んだ。
 確かに、アスランの言うとおりここ数週間の間、極端に睡眠時間は少なかったと自分でも思う。
 研究や課題に追われ、大学内の時間だけでは補えそうにもなく、家に課題を持ち帰ることも少なくなかったのだ。
 けれど、キラはシンとの時間を一番に大事にしたいと思っていた。
 一緒にいられる時はいつでもシンの傍にいたかったし、なによりも寂しい思いもさせたくなかった。

 「・・・確かに、アスランの言ってる事はあってるよ。家で勉強もしなくちゃいけないし、それを君が寝た後にするから睡眠時間は少なくなってる。でもね・・・僕はシンと一緒にいる時間が一番大事だから、だから・・・」
 「やっぱりキラは・・・」
 「え・・・?」

 小さくなっていくシンの言葉の語尾。
 シンは首を傾げるキラを鋭い目で睨みつけ、口を開いた。
 
 「やっぱりキラは今でも俺のこと、病弱で一人じゃ何も出来ない子供だと思ってるんだろ・・・!」

 目を見開くキラを余所目に、シンは言葉を繋げていく。

 「自分がいなきゃダメだって思ってるんだろ・・・っ!!」
 「シン・・・!僕はそんなこと・・・」
 「思ってないわけないっ!!」

 呆然とするキラにシンは勢いを止めることもできず声を荒げた。
 本当はこんな言い方がしたいんじゃない。
 けれど、熱で思考回路がうまく働かない頭では何を言ったらいいのかもわからなかった。

 幼い頃、シンはいつも兄であるキラにべったりとくっついていた。
 身体が弱かったシンを、忙しかった母に代わってキラは優しく看病し、どんな時でも傍にいてくれた。
 忙しい母親に甘える事が出来なかったあの頃はそれが嬉しくて嬉しくて・・・
 でも、シンもキラもあの頃とは違う。甘えるだけの子供ではない。  

 「俺は、今の俺はあの頃のままとは違う!!もうそんな心配してくれなくてもいいんだ・・・っ!!」

 言い切ってシンは息をついた。
 そして少しの沈黙の後、キラが口を開いて。

 「もう大丈夫だ・・・ってそういうこと・・・?」

 静かなキラの問いかけに、シンは小さく頷いた。
 ただキラに分かって欲しかった。
 あの頃のように、自分は弱くないから。
 雨の中を走っても風邪なんてひかないくらい、強くなったって。
 ・・・結局こうして寝込んで、逆効果だったかもしれないけれど。
 
 「そうだよ・・・っ!もう俺のことばっかり考えるの止めろよ・・・さっきキラ、俺に言ったよな?!俺が自分を大事にしないから怒ったって!!」

 キラの顔を見ることが出来ず、シンは俯きながら言葉を続けた。 

 「キラも、自分を大事にしろよ!!俺のことなんかより自分のこ・・・?!」
 
 最後まで言い切る前に、キラはシンの身体を横からきつく抱き締めた。
 一見華奢に見えて、でも強いキラの腕。
 キラはその腕で強くシンの身体を抱き締め、白い首筋に頬を寄せた。

 「無理だよ。」
 「なっ・・・」

 きっぱりと言い放ったキラにシンは目を見開く。
 それを気にしないように、キラは言葉を続けた。

 「ねえ、シン・・・僕は君が好きだよ?」
 「な、なんだよ、いきなり・・・」
 「うん、でも聞いて?」

 ゆっくりと息を吸った。

 「シンが好きなんだ・・・弟としても、恋人としても。誰よりも何よりも、君が好きなんだ。」

 紛れも無い本心。
 可愛くて、可愛くてどうしようもないくらいに好きすぎて。

 「君が何も出来ない子供だなんて思ってない。でも大切だから・・・好きだから・・・眠る時間が惜しいくらいにね。」
 「だからそれは・・・っ」
 「分かったから。」

 キラはシンの身体を抱き締める腕の力を、少しだけ強めた。
 熱い体温を触れ合った場所全てに感じる。

 「それが、君の為にも僕の為にもならないって。そう、分かったから。」

 シンの指先が、キラの腕に軽く触れた。
 
 「・・・ごめんね、シン・・・」
 「何・・・謝ってるんだよ・・・」
 「君の思いも知らないで一方的に怒ったし・・・シンを悲しませてたから・・・」

 キラは目を閉じて今までの事を考えた。
 自分自身のことを優先に考える、なんて今まで思いもしなかった。
 今だって、そんなことは思えない。
 けれど、そのことでシンにあんな行動をさせたのなら、考えを改めなければいけない。
 そんなことを考えていると、シンが急に首を動かしキラと目を合わせた。

 「じゃあ約束!」
 「約束?」  
 「そうっ!ちゃんと自分を大事にするって約束!」

 言いながらシンは小指を立てて、キラの顔の前に手を突き出した。
 キラは笑ってその小指に自らの小指をそっと絡める。
 幼い頃から約束事をする時は、こうして小指と小指を絡めていた。 

 「シンも、もう雨の中を走り回ったりしないでね?」
 「分かってるよ・・・」
 「でも・・・僕の一番は、いつでもシンだから。」

 耳元でそう囁くと、シンは赤い顔を更に赤くさせる。

 「・・・ちゃんと、約束守ってくれるんならいい・・・けど・・・」

 小さな声で返事をするシンに、もちろんとキラも頷いて返した。  

 お互いの小指を絡めて、幼い頃と同じように笑いあう。
 そんな日々がこれからも続くように、と二人は静かに願った。















設定としてはキラが21歳、シンが14歳みたいです。
シンが5歳、キラが12歳のときに親が再婚して一緒に暮らしていたらしいです。犯罪だと思います。
だけどそれがいいとも思えます。重症です。


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