1、目が合った瞬間 見たくもないテレビをなんとなく見ている内にうたた寝をしてしまったらしい。 キラが目を覚ますと部屋の中には、うっすらと紅い夕日が差し込んできていた。先ほどまで見ていたはずの番組は終わったのだろう、テレビからはニュース番組が流れてきている。 「そういえばお腹空いたなぁ・・・」 朝食を食べたきり何も口にしていないので、今まで落ち着いていた腹の虫もそろそろ盛大に泣き出す頃だ。 それに口に出すとますます現実味が増してきて、つけっ放しのテレビから流れるニュース番組を見ながら、今日の夕食は何にしようか考える。 キラは双子の姉であるカガリと二人で暮らしている。 二人で暮らすには少しばかり広さの余るマンションだが、如何せんキラもカガリもあまり物の片付けが得意ではない。 最低限の家事は分担してこなしてはいるが、問題はたまに両親から届く大量の衣類や保存食等だった。片付ける気持ちもなく、かといって無駄にすることもできないそれらは自然と空き部屋に送られ、すっかり部屋は物置になってしまっている。 それに実家が他に比べ裕福で広々としたリビングにも慣れきっていた為、空き部屋のないこの家をあまり広いと感じた事はない。 多分それはカガリも同じだろう、とキラは思う。 その双子の姉であるカガリは、今日は留守にしている。 しかも本当なら今日はカガリの食事当番の日だ。いつもならばカガリにしつこく食事を迫るが今日はそういう訳にはいかない。相変わらず空腹を訴える腹をそろりと撫でて、キラはしょうがない、と口元に小さく笑みを浮かべる。 実は今日、カガリの誕生日なのだ。そして双子でもあるキラの誕生日だ。 だからこそ毎年祝ってくれている幼馴染に、キラから話を持ちかけた。 今年は夕方から自分だけ用事が入ったから、カガリを外の食事にでも誘ったらどうだ、と。 毎年毎年この日を律儀に祝ってくれる幼馴染であるアスランの事を、カガリが随分と前から想っている事は気付いていた。 しかし、カガリの些細なアピールもアスランの持ち前の鈍さによって無かった事にされてしまう事もしばしばで。 普段は明朗快活なカガリも恋愛事になると、途端にか弱くなってしまう。そしてアスランの超がつく程の鈍さ。 そんな二人を見てきたキラは歯痒く、内心苛々としていた。 アスランがカガリの事を異性として見ているのかは、キラにもよく分からない。 何分彼は誰にでも公平に接しすぎるのだ。付き合いの長い自分でも、傍から見ていただけでは誰に気があるのかなんて分からない。 そんなアスラン相手だからこそ、まずはしっかりと想いを伝えることが大事なのだとキラは思った。 恋愛の気があるのかどうかは分からないが、アスランがカガリの事を大切に想っているのは分かる。 くっつくならさっさとくっついてくれというのが本音だが、それでもキラにとってはカガリは大切な双子の片割れで、アスランは大事な幼馴染で親友だ。二人には幸せな恋愛をして欲しいし、お互いにならお互いを任せてもいいかな、とは思っている。 だからこそ、余り厄介事には首を突っ込みたくないキラがカガリにアスランに想いを伝える事を勧め、嘘を吐いてまでアスランにカガリの事を頼んだのだ。 アスランはキラの言葉を疑うことも無く二つ返事で頷き、カガリを食事へと誘った。 そして当日の今日は、折角だからとカガリに彼女が普段余り着ない女の子らしい格好をさせ、何度も念を押すように今日は絶対に告白してこいと送り出した。 そんな二人がどんな顔で過ごしているのかと考えると、空腹も忘れて笑みが零れる。 予想よりも随分と早い時間にカガリを迎えに来たアスランは、食事前に映画を見ると言っていたが、果たしてカガリはその内容を覚えているのだろうか。目先の事に緊張して、がちがちになってしまっているかもしれない。 カガリが帰ってきたら何から聞いてやろうかと指折り数えながら、ふと今の自分の現状を思い返す。 二人を送り出してすぐに今寝転がっているソファでうたた寝をしてしまい、気付けばこの時間だ。 毎年アスランとキラとカガリの3人で誕生日を祝うことが幼い頃の習慣だった。その為か、いざその予定がなくなるとキラは今日一日を持て余してしまっていて。 2年ほど前から一緒に祝ってくれるようになったラクスも、今年はコンサートの時期が重なって今日は不在。 他の友人達も幼い頃からの習慣を知っている為か、メールや電話で祝いの言葉は来てもt直接のお誘いはなかった。 たまにはこんな誕生日でもいいかと思いながらも、なんとなく物寂しくなってしまった所に、盛大に腹の虫がなってキラは溜息を吐いた。 何を食べようかと考えて、結局手軽にピザの宅配を頼むことにした。 電話注文してから比較的早い時間に到着を知らすインターホンが鳴る。自分の部屋番号を告げ、オートロックを解除するとキラは嬉々として財布を持って玄関へと向かった。 空腹でお腹と背中がくっつくとは良くいったものだ。 ありえないその現状を本気で心配しながら、キラは早くお金を払ってしまってピザ屋のバイトやらなんやらを追い返してしまおうと考えていた。 しかし、玄関のドアを開けた途端、その考えがどこか遠くへ吹き飛んだのが自分でも分かった。 「・・・あの・・・、ヤマトさんですよね?代金頂きたいんですけど・・・?」 財布を片手に固まったキラを見て、よく見る全国チェーンの宅配ピザ店の制服を着た少年が目を細める。 赤い目。 それに少し癖のある黒髪と、それとは対照的に白い肌が印象的な、少年。 「早く払ってもらえないですか・・・っ!?まさかお金足りないとか言いませんよね?!」 なかなか動こうとしないキラに少年は焦れたように声を荒げた。 結構短気なんだな、とどこか冷静に考えながら、それとは別に心の奥底からぶわっと体中に熱が伝わっていく感覚がした。 もう一度、あの、と強く声をかけられてはっとする。 慌てて財布を開くと、少年が明らかにほっと肩を撫で下ろしたのが分かった。 「あ、ごめんね?幾らかな?」 「・・・シチリア風ピザのM一つに、ポテトとドリンク三千円になります」 財布を開くとちゃんと千円札が3枚入っている。 本当は金額だって計算して分かっていたのに、ついさっきまで一瞬で頭の片隅に追いやられていて。 ここで千円札を3枚出してしまうと、少年はそのまま商品を置いてすぐに帰ってしまうのだろう。 当たり前のことだ。 だけど、それがどうしても嫌で、少しでも話をしてみたくて。 キラは千円札ではなく、一万円札を財布から抜き取り少年に渡した。 「一万円札しかないんだけど、大丈夫?」 「はい、大丈夫ですよ・・・えっと、お釣り・・・」 キラにとってちょうどいいことに五千円札が無かったらしい。これでお札を数えるだけの時間の分だけ、今の時間が増えるのだ。 予想通り目の前の少年はお釣りの入った鞄の中から千円札の束を取り出して数え始めた。 何か話がしたいと思った。 なんでもいい、とにかく目の前のこの子に、自分を見てもらいたくて。 「あのね、今日僕誕生日なんだ」 咄嗟に口から出た言葉は、なんとも会話が続きそうもない事で。 言ってから、少年がまた眉を険しく寄せたのを見て、キラはあ、と言葉に出した。 この状況で言ってしまうと、誕生日なんだからまけろと言っているようなものだ。きっと少年もキラがそういう意味合いを込めて言ったのだと思って、困惑したような、苛付いたような表情をしているのだろう。 「だ、だけどおまけしてほしいって思ってるわけじゃないよ?ただ今日は家族も友達もいなくて、寂しくて・・・変なこと言ってごめんね?」 「ぇ、あ?はぁ・・・別にいいですけど・・・誕生日、なんですか、おめでとうございます」 「・・・ありがとう」 もう何も言えなかった。 一人で慌てているキラをこのピザ店のアルバイトであろう少年は、頭がおかしい人だとでも思っているかもしれない。 (もっと、話してみたいって思ったんだけどな・・・) もう無理かもしれないと、こっそり溜息を吐いているところも見られたらしい。 少年の顔からは苛付いた感情は見えなかったが、少年が思い切り困惑してるのが手に取るように分かった。 キラは諦めたように笑い、差し出された千円札の束に手を伸ばす。 「・・・これ、お釣りです。五千円札切れちゃってて、千円札7枚になっちゃうんですけど・・・」 「うん、構わないよ」 「じゃあ、これ商品です。それと、あと・・・、」 お釣りを受け取って次にピザの箱を手渡される。 これで、もう会えなくなるのか、せめて名前くらいは聞いてもいいだろうか、とぐるぐると頭の中を回転させているところに、少年がジャケットのポケットをなにやら物色していた。 店の物だろう、少年の身体には不釣合いの、少々大きめであるジャケットのポケットは底も深そうだ。 何をしているのか、キラが自然な動作で首を傾げると、少年はポケットから取り出したものをキラに差し出した。 「俺ただのバイトなんでまけたりとかは勝手に出来なくて・・・こんなものしかないんですけど、誕生日おめでとうございます」 「・・・ぇ」 「それ、俺大好きなんですよ。休憩時間に食べようと思ってたんですけど、お客さんにプレゼントします」 それは小さく個包装されたチョコレート菓子だった。小さく焼かれたパイ生地にチョコレートを入れた、キラも食べた事のあるものだ。 予想外の贈り物に、キラは驚きつつもふわりと自分の顔が綻ぶのを感じた。 少年の顔も、先ほどまでの訝しげそうな顔ではなく、少しぎこちないながらも年相応の幼い笑顔が浮かんでいて。 「あ、ありがとう・・・・」 その笑顔に、キラの頬がかあっと赤く染まる。 ただ、嬉しいと思った。 今日初めて会った、この少年に誕生日を祝ってもらえた事が。 おめでとう、と言ってくれた。プレゼントだと言って、お菓子をくれた。 それに、笑顔を見せてくれた。 ただ、それだけのことなのに指先が焦れるような感覚がする。 「良かったらまたうちで注文してくださいね。じゃあ、俺もう行きますんで!ありがとうございましたぁ!」 「あ・・・っ」 名前を聞こう、そう思ったのに少年はさっさとドアの向こうに消えてしまって。 「・・・行っちゃった」 ピザの箱と、お菓子の包みを手に立ち尽くしたまま呆然と呟く。 黙っていると気の強そうな、はっきり言うと絡みづらそうな雰囲気を纏っていたのに、笑うと途端に柔らかくなる。 ぎこちないながらの笑顔でもこれ程に惹かれてしまったのに、満面の笑顔を見てしまったら自分はどうなってしまうのだろう。 「すこし、怖いなあ・・・」 言葉とは逆に弛みきってしまっている表情は自覚している。 手に持った箱を通して、焼き立てのピザの暖かさが伝わってくる。冷めないうちに食べてしまおうと、キラはリビングへと戻った。 「ただいまー・・・って、ピザ取ったのか?」 「あ、カガリ。お帰り。」 「・・・お前相変わらずよく食べるな、この量一人で食べたのか?お前の身体のどこにこれが入ったんだ?」 空になった箱を見たカガリに呆れたように言われて、キラは少し胸を張って答える。 「これでも僕、男ですから。これくらいは普通だよ・・・それに勿体無くて残せないじゃない?」 せっかくあの子が持ってきてくれたものなのに。 キラは心の中でそう付け足して、双子の姉に笑いかけた。 「いつもは遠慮なく残す奴がよく言うな」 「はいはい、ごめんなさい・・・・・・で、アスランとのデートどうだった?」 「で、でーと・・・っ?!」 一瞬で顔を真っ赤に染め上げた姉に、声を上げて笑う。 恋愛に初心な姉をからかいながら、名前も知らない相手を好きになった自分は一体どうすればいいのか、姉よりも遥かに遠いスタートラインに立ってしまった現状に、キラは心中複雑になっていた。 (お題をsham tears様よりお借りいたしました)
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