returning place 3 昨夜シンと交わした会話通り、僕は朝早くからアスランに連絡を入れた。 事情を話すと、アスランはすぐに僕とシンの住むマンションまで車で迎えに来てくれた。本当に迅速な対応だ。 アスランが来たのを確認して、僕達はマンションの前まで二人で下りていく。 愛車の中でいつか見たようなサングラスをかけたアスランは、僕達の姿を見て口元を綻ばせた。 「久しぶりだな、キラ・・・シン。」 「久しぶりだね、アスラン・・・って言っても僕達は結構テレビで君のこと見てるけど。」 ね、と隣にいるシンに笑いかけると、シンは頷く。 大抵何もすることが無いときは二人でテレビを見ていたりする。最近はカガリもそうだけど、アスランも一緒に画面に映る事が多くなった。 その度に僕達は指を指して笑い合ったりする・・・っていうのは、アスランには言わない。 アスランは少し困ったように笑い、シンにもう一度久しぶり、と声をかけた。 シンは相変わらず何も言わずに、小さく頷くだけだったけれど。 僕は助手席に、シンは後部座席に乗る。 それがいつもの定位置だ。 僕はアスランにカガリや、政治の事を聞いたり、何気ない世間話をしたりする。 アスランも運転しながらそれに答えてくれて、車内にはそれほど重い空気は流れない。 でも、アスランが常にちらちらと後を伺っていたのは僕には良く分かった。 シンは、あまりアスランと会話をしようとしない。 僕と二人でいる時は、面白いくらいによく喋る子なのに、アスランが来ると黙りこくってしまう。 話に聞くと、シンがアスランの部下だった時はいつもいつも噛み付いてきて、何度かシンを殴った事もある、とアスランは苦い顔をしながら教えてくれたこともある。シンからも同じような話を聞いたことがあるから、間違いなく真実なのだろう。 けれど、今のシンはそんな話が信じられないくらいに静かに流れる景色を見ているだけだ。 「じゃあ、ここで待ってるよ。」 いつも来ている病院のロビーでアスランは立ち止まった。 「ごめんね、アスラン。こんなことに時間使わせちゃって・・・」 「謝るなよ、キラ。俺にはこんなことくらいしか出来ないから・・・いくらでも使ってくれ。」 「・・・ありがとう。」 優しい言葉をくれる親友に、僕は笑って礼を言う。 そして俯いたままのシンの背中を押し、僕は診察室へと足を進めた。 「お久しぶりです、先生。」 「・・・こんにちは、キラ君、シン君。」 通された部屋の中には、50代前後くらいの齢になる医師が椅子に座っている。 短く刈り揃えられた黒髪に、銀縁の眼鏡が印象的で笑うと目尻に皺が出来る、とても印象のいい先生だ。 カガリが紹介してくれたこの先生は、話をよく聞いてくれるし何より瞳が優しい。 何かあったのかい?と優しく聞かれ、シンは椅子に腰を下ろし小さな声で話し始めた。 「・・・薬が、効かなくて・・・」 「この前処方した睡眠薬かい?」 「はい・・・」 カルテを手に取り、先生は唸り声を上げた。 「最初は、眠れるんですけど、俺はもっと強いのがいい。夢見ないくらい強いやつ。」 「シン君・・・気持ちは分かるけど、これ以上強いものはお勧め出来ないよ。」 「でも・・・っ!夢、夢は嫌なんだっ!!夢は見たくない・・・っ!もう終わったって、全部終わったって分かるのに・・・っ!!分かってるのに・・・・っ」 身を乗り出して声を荒げたシンの肩に、僕はそっと手を置く。 「シン・・・」 咎めるように名前を呼ぶと、シンは我に返ったように唇を噛んで俯いた。 そんなシンの髪をそっと撫でる。何も出来ない自分が歯痒くてしょうがなかった。 「・・・分かった・・・」 暫くの沈黙の後。 先生が声を零した。 その言葉に、シンはがばっと顔を上げて反応を見せる。 「新しい薬を出しておくよ・・・でも、本当にこれ以上強いものは出せない。これが限界なんだ・・・それは、分かって欲しい。」 「・・・ありがとう、ございます・・・」 真剣な表情でシンに向き合う先生に、シンはぎこちなく頭を下げた。 「先生、ありがとうございます・・・」 僕もそれに続いて頭を下げる。 顔を上げた時に見た先生の顔は、子供を見守る父親のように、どこか困ったように笑っていた。 診察室から出てアスランの待つロビーへと二人並んで戻る時、シンはぽつりと口を開いた。 「もう、夢・・・見なくていいかな・・・」 隣を歩いている僕にしか聞こえないだろう、小さな声。 不安げに揺れる声に僕は微笑んで頷く。 「うん・・・きっと大丈夫だよ。」 「そうだよな・・・」 シンは安堵の息を零して、僕に頷き返した。 大丈夫、なんて。 今の僕が言う資格なんて・・・ないのに。 シンが目が覚める頃を見計らって、僕はシンの部屋へと向った。 一応入る前に声をかけたけれど、思ったとおり返事は返ってこない。 もしかして、まだ寝てるのかも。 そう思ってシンの部屋の扉を開けたけれど、シンは上半身を起こして黙ってベッドの上に座っていた。 起きてたんだ、と声をかけてもシンは視線一つ動かさなかった。 シンのベッド脇に置いてある椅子に腰掛け、僕は幾分かやつれた横顔にそっと問いかける。 『本当に、僕と一緒でいいの・・・?』 『なんだよ、あんたがそう言ったんだろ・・・』 視線は変えずに、呆れたようにシンが笑った。 シンに、僕と暮らさないかと言ったら思った以上にあっさりとシンは頷いた。 誰があんたなんかと、と。 そう言って怒鳴れるのかな、と思っていたからあまりの呆気なさに僕は拍子抜けしてしまったほどだ。 もう一度確認しておきたくて、と呟いた僕をやっと見て、シンは眉を顰めた。 『面倒になったんなら、無理しなくていいけど・・・』 『ううん、違うんだ・・・ただ、どうして僕はよくてアスランはだめなの?アスランと一緒じゃなくてもいいの・・・?僕より彼のほうが、ずっとずっと・・・』 優しいよ・・・? 続けようとした言葉に、シンは首を振って答える。 『アスランさんは、だめ・・・。』 『どうして?』 『・・・あの人、優しいから。』 『・・・うん?』 シンの白い手が、ぎゅっとシーツを握った。 僕は黙って、彼の言葉の続きを待って。 『アスランさんは優しすぎるよ、優しくてどうしようもないから・・・俺、駄目になる。分かるんだ、あの人といたら、きっと俺が俺でなくなる。』 搾り出すように吐かれたそれに、僕は何て返したらいいかわからなかった。 『アスランノ事・・・好きなの?』 『俺は、自分がどういう人間なのか分かってるよ。』 結局、今日もアスランにシンが言葉をかけることはなくて。 寂しそうに笑ったアスランは、また来るよ、と。 それだけ言葉を残し、自分のいるべき場所へと帰っていった。 僕もシンの待つ部屋へと戻る。 「シン・・・・・・?」 シンはいつも並んで座るソファに横になり、寝息を立てていた。 ソファの前に置いてあるガラス作りのテーブルの上には、今日貰った薬が散らばっている。 「新しいの、飲んだんだ・・・。」 あどけない寝顔で眠るシンの前髪にそっと触れた。 薬が効いているのか、その瞼が持ち上がることはなく。 シンの様子がおかしいと思い始めたのは、それから数日経った頃だった。
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