returning place 5 シンの手をしっかり握り締めて家へと帰る。 はぐれないように。 離さないように。 ずっと震えているシンを心配させないように笑いかけて。 歩いている間、ずっと手を離さなかった。 家に着いてからはあまりよく覚えていない。 いつも二人で並んで座っていたソファにシンを座らせて、僕は携帯電話を握り締めて自室に入っていった。 ドアを閉めた途端に足の力が抜けて、ドアに凭れかかったままずるずると床に崩れ落ちる。 抑え付けていた身体が、再びがたがたと震えだす。 額からは汗が滲み出る。 呼吸が上手く出来なくて、胸の辺りを掻き毟るように握り締めた。 それでも震える指でなんとか、慣れた番号を呼び出して。 『・・・キラ?どうしたんだ・・・?』 「あ・・・すら・・・・・・っ」 幼馴染の彼の声が耳に入った時。 僕は堰が切れたように、ぼろぼろと涙を零した。 記憶障害。 先生のその言葉に、現実に戻される。 忙しいのにも関わらずアスランはすぐに駆けつけてくれた。 シンに泣いていたのが見付からないようにしたけれど。 もしかしなくても・・・いや、きっと分かってしまっているだろう。 病院で先生に事情を話すと、先生は目を見開いて驚いた。 そしてシンに頭を下げて・・・ すまない そう、悔しそうに哀しそうに言った。 「なんで、そんな・・・っ?!」 カガリの震えた声が、リビングに響く。 握った手も震えている。 その隣にはラクスが真剣な表情で静かに座っている。 病院から連絡をするとすぐさま、僕達の家へと来てくれた。 予定もあっただろう。 けれど、それにも関わらずこうして来てくれた。 シンは病院から帰る車の中で、珍しく眠っていて。 今は自分のベッドで穏やかな寝息を立てている。 「・・・先生に聞いたら・・・薬の副作用じゃないかって・・・」 僕は先生が言っていた言葉を繰り返す。 あまり多いことではないけれど、薬の副作用で障害が起こるケースもあるらしい。 カガリが眉を寄せた。 「薬・・・?」 「睡眠薬・・・。シンが夢を見たくないって言って、少し強いのに変えてもらったんだ・・・。」 そう、変えてもらったのはつい最近のことで。 シンの物忘れが激しくなってきたのも、それからの事だった。 時期はちょうど合っている。 「・・・それが、原因なのですか・・・?」 「多分・・・そうじゃないかって・・・」 ラクスの青い瞳が向けられて、僕は堪らず俯いた。 そして俯いたまま隣に座っているアスランに、言葉をかける。 「ごめん、アスラン・・・僕・・・」 「・・・謝るな・・・、キラは、何も悪くないだろ・・・?」 「違う、違うんだ・・・」 けれどアスランは優しく僕の背中に手を置いて。 優しいはずなのに。 僕は頭を振って、その手を拒絶した。 「僕が、僕がシンと向き合っていれば、こんなことにはならなかった・・・っ」 俯いたまま声を荒げると、カガリとアスランが息を飲んだのが分かって。 「キラ・・・」 「キラ、そんなこと・・・っ!!」 そんなこと・・・ない? 無いなんて、ある訳ないじゃないか。 「だってそうでしょう?!眠くならないなら、薬なんか使わなくても他に方法があったかもしれないっ!あの時の状況とは違うっ!!時間は、時間はいくらでもあったんだよ・・・っ!!」 俯いていた顔を上げて、僕はアスランを見据えた。 いつでも傍にいた。 笑って、話をしていた。 たくさんの時間を一緒に過ごしていたのに。 僕は、シンから逃げていたんだ。 シンはいつも僕に手を伸ばしていたのに。 僕はそれに気付かない振りをしていた。 怖かった。 手を取ってしまうと、離せなくなりそうで・・・ 「僕は、シンの一番近い場所にいたのにっ!!それなのに何も出来なかったっ!!僕は・・・っ!!」 拳を思い切りソファの前に置いてあるテーブルに叩き付ける。 アスランはもどかしげに唇を噛んで、カガリは大きな瞳にうっすらと涙を浮かべていた。 こんなこと、今言う事じゃないって分かってる。 でも言わずにはいられなかった。 吐き出さずには、いられなかった。 「キラ・・・それ以上、自分を責めてはいけません・・・」 ラクスの声が、沈黙に包まれていたリビングにそっと響く。 「あなただけじゃない、決してあなただけの責任ではないのです・・・」 僕はその言葉に、静かに涙を零した。 勇気をくれたのも。 戦う剣をくれたのも。 守る盾をくれたのも。 いつだって、ラクスだった。 夜が明ける前に、三人は帰っていった。 その頃には僕も、皆も大分落ち着いて。 皆帰る時には悲しそうな目をしていたけれど、僕は出来るだけの笑顔で見送った。 多忙なのに、ほんの少ししかない睡眠時間を削ってまで、ここに来てくれた。 そう考えるだけで嬉しかったから。 自分の部屋に戻る前に、シンの部屋に静かに入る。 ベッドの上でシンは丸くなって目を閉じていた。 「・・・シン・・・」 小さな声で名前を呼んでも、起きる気配は無い。 手を伸ばして白い頬に触れる。 するとシンはくすぐったそうに、寝返りをうって。 その幼い寝顔に、胸が痛くなった。 シンを起こさないように閉めてあるカーテンを開けて外を見る。 空の奥が淡い色に変わってきていた。
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