no title 1

 お前の事が好きだ。
 付き合ってくれないか。

 一世一代の告白。
 今にも爆発してしまうのではないか、というほど心臓がうるさかったのを、レイは今でもよく覚えている。






 「レーイーー?どうしたんだ?」
 
 レイの膝の間に座ったシンが、手を止めたレイを不思議に思い振り返った。
 その頭の上にはバスタオル。
 シャワー上がりのシンの髪を乾かしてやっている最中だった。
 
 「いや、なんでもない。」
 
 大きな赤い瞳に見上げられ、レイは止めていた手を再び動かす。
 バスタオルの隙間から見えたシンは心地よさそうに目を細めていて。

 (ああ、可愛いな・・・)

 表情には出さないが、心底そう思っている自分がいる。

 いつからか、シャワーを浴びた後のこれは習慣になっていた。
 シンは髪が濡れたままでも平気でベッドの中に入ってしまうから。
 毎晩一緒に寝ている今では、シンの髪が濡れていては枕やシーツだけでなくレイの腕も濡れてしまう。
 それを見通して何気なくやってやったこの行為が、シンはとても気に入ったらしい。
 シャワー室から出てくると真っ先にレイの傍に寄ってきてバスタオルを手渡したのだ。

 レイとしては嬉しい事この上ない。
 好きで好きで、どうしようもないほど可愛く思っている相手に笑顔でバスタオルを手渡され、

 『さあ、拭いて下さい。触ってください。』

 そんなことを言われれば、喜んで髪でもなんでも拭いてやりたくなるというもの。
 今日もその習慣でシンの濡れた髪を丁寧に乾かしてやっていた。
 シンにやらせると絶対に使わないと思われる、レイ自身のドライヤーもしっかりと使ってやる。
 ちょうど人肌程の温風を当てると、ふわりとシャンプーの香りがした。

 「・・・終わったぞ。」
 
 言いながらレイはドライヤーのスイッチを切る。
 
 「さっぱりしたー!レイ、ありがとな!」
 
 一度伸びをし、軽くなった頭を数回振った。
 どこか子供らしく見えるそんな仕草を、シンは恋人として付き合うようになってからレイに見せるようになった。
 それまでは会話と言えるほどの会話も無く、友達とも言えない関係だったのに、だ。

 しかしそれも無理は無いとレイは思う。
 こんな付き合いをするとは思いもしなかったあの頃。
 シンは極端に口数が少なく、酷く無愛想だった。
 全身で近づくな、俺に構うなと・・・そうやって見えない棘を纏っているようで。
 レイも同じ部屋に割り当てられたのをただの不運だと思い、深くシンに関わろうとはしなかった。自分から近づこうなんて思いもしなかった。
 
 「レイもシャワー使うだろ?」
 「ああ。」
 
 シンが膝の間からレイの隣へと移動する。
 レイはシンの言葉に答えるように、立ち上がった。
 
 「俺、起きて待ってるから。」
 
 そして軍服の上着に手を掛けると、夜更かしを宣言する子供のようにシンが笑う。

 「・・・期待しないでおく。」
 「なんだよ、それ!」

 シンの声にレイは口元を少しだけ上げて答えた。
 すると思ったとおり、シンは頬を膨らませてレイを見上げる。

 こんな表情を見れるようになるなんてことも、あの頃は思いもしなかった。

 「・・・シン。」

 名前を口に出すと止まらなくなる。
 気付けば白い頬に静かに触れていて。

 「な・・・・・・ん・・・っ」

 見上げる赤い瞳に誘われるように、ゆっくりと唇を重ねた。
 唇と唇が触れ合う、本当に幼いキス。
 けれど、顔を離すとそれだけでシンは真っ赤に顔を染めていた。

 「・・・そろそろ慣れたらどうだ・・・?」

 「レイがいきなりするからだろ・・・っ!!早くシャワー浴びてこいよっ!!」

 言いながら勢い良くシーツを被って。
 レイは苦笑しながらその白い山を優しく撫で、シャワー室へと向かった。




 温かいシャワーの湯を浴びながら、レイは考える。

 幸せ、だというのだろう。
 戦争中という情勢ではあるが、大切にしたいと思える人がいて。
 それを守れるだけの力がある。
 
 触れるたびに愛しいと思う気持ちが募っていくのを日々感じる。
 他の誰でもない、自分だけに見せてくれる顔があるのかと思うと、満たされる。
 
 心から思える相手。
 始めて触れたい、抱き締めたいと思えた相手。
 レイにとってそれがシンだった。
 敬愛しているギルバートに抱く思いとは、全く違うこの想い。
 恋や愛なんていう言葉には無縁だと思っていた自分が、ここまでその類に嵌っていくとは思えなかった。
 
 けれど、シンを思えば思うほど、レイには不安だった。












 「いいよ。」

 短いその言葉の意味を、レイは一瞬理解する事が出来なかった。

 「シン・・・?」
 「いいよ、俺なんかでレイがよければ。」

 あまりにもあっさりとした返事。
 まさか、こんなにも早く・・・しかもレイにとっては嬉しすぎる答えが返って来るとは思っていなかったのだ。

 『シン、お前が好きだ。付き合ってくれないか?』

 確かに、こう思いを告げたのは自分だ。
 けれどレイはシンが良い返事をくれるとは思っていなかった。
 
 良くて、
 『ありがとう、ごめんなさい』
 悪くて、
 『ふざけんな、近づくな』
 
 その二つの内の一つだと思っていたから。
 そう思っていて、思いを告げる事が出来た自分は我ながら大馬鹿だとも思った。
 しかし、思いを告げずに今のままの関係から『友達』という関係に変わったとしてもうまくいくなんて、どうしても思えなかったから。

 それだけ好きで。
 本当に好きでどうしようもなくて。
 初めての恋だから、余計にどうしたらいいのかもわからなくて。

 「レイ?」

 答えに言葉を返さないレイの顔をシンは覗きこんだ。
 赤い瞳が真っ直ぐ自分だけを映している。

 「シン・・・本当にいいのか?」
 「レイさえ良ければ、俺はいいよ。」
 
 そう言って、シンはレイに笑いかけた。















 シャワーから出てしっかりと髪を乾かしてから、部屋へと戻る。
 自分のベッドに視線を向けると、入る前にもあった白い山が変わらずにそこにあった。
 静かにそこに近づきシーツを捲る。
 
 思っていた通り、穏やかな寝息を繰り返しているシンの姿があって。
 
 「れ・・・ぃ・・・?」

 レイの姿に気付いたのか、シンはゆっくりと目を開けた。

 「起きたか?」
 「・・・寝てないよ・・・」
 「いや、寝てただろ。」
 「・・・レイ・・・」

 まだぼんやりとした目で、シンはレイを見上げた。
 何かをねだるようなその視線。
 レイは額にかかっている前髪をそっとはらい、露わになったそこに小さく口付けた。
 そして瞼、鼻先、頬と順番に小さなキスを送って。
 最後に唇に口づける。

 「・・・ん・・・」

 シンの声が小さく零れた。
 唇を離した後。
 ゆっくりと目を開け、そして柔らかく微笑む。

 「もう、寝ておけ・・・」
 「ん・・・、レイも・・・?」
 「ああ・・・」
 「じゃあ・・・寝る・・・」

 再び瞼を下ろしたシンの髪を、レイは優しく撫でる。

 「おやすみ、シン・・・」

 甘えられて、嬉しいと思う。
 それは紛れも無い自分自身の本心なのに。

 レイはシンの髪を撫でながら、僅かに顔を歪めた。



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