no title 5

一人のベッドは、とても広くて冷たいものに感じた。
 レイの眠るベッドをただただぼんやりと見る。
 遠くにある寝顔を見ながら、手を伸ばしても届かない距離に涙が出そうだった。

 だって、いつもは手を伸ばさなくても触れられる場所にあったから。
 温かい腕で包んでくれて。
 胸に額を預ければ、優しく髪を撫でてくれて。
 
 それなのに、あんなに遠かった。

 強がっていた。
 レイの言葉には全て頷いて、嫌われないように呆れられないようにするのに必死で。

 レイから好きだと言われた時は、嬉しくて嬉しくて。
 本当に嬉しくて。
 どうにかこのまま続いて欲しいと。

 好きになってもらえたのは・・・きっと奇跡だから。


 
 


 「・・・少し、痩せたんじゃないか・・・?」
 「そう、かも・・・」

 お互い生まれたままの姿になって抱き合う。
 始めて触れ合った肌の感触は、服の上から感じたときよりも細く骨ばったものに感じた。

 浮き上がった肋を掌でなぞりながら言ったレイに、シンは曖昧に頷く。
 最近はいつも通り食事を摂っていても、後で吐いてしまう事が多かった。

 身体が睡眠を欲しているのは分かっていた。

 「どうして大丈夫だなんて言った?」
 「迷惑かけたくなかったから・・・。」

 先程とは違う。
 優しくなったレイの声に、シンは少しずつ言葉を進めていって。

 「俺って、面倒な奴だから・・・。もう一緒にいるの嫌になったのかなって・・・」

 自覚は充分にあった。
 でも今までは、どんなに自分がレイに甘えても、レイは優しい瞳で受け入れてくれたから。
 
 シンの言葉に、レイはすぐには答えなくて。
 また呆れられてるのではないかと、シンが身体を強張らせるとレイはそっとその身体を抱き寄せた。

 「・・・傍にいれば誰でもいい。」

 耳元で小さく言われた言葉。

 「え・・・?」
 「近くにいて、こうして抱き締めてくれる奴なら・・・俺じゃなくてもいいのかと思った。」
 「な・・・なんだよ、それ・・・っ」

 シンは目を見開いて腕を伸ばし、レイの身体を少しだけ離す。
 顔が見える距離になって見たレイの表情は、ひどく真剣なものだった。

 「あれだけあっさりした答えが返って来たんだ、俺だって不安になる。」

 レイの声を聞いて、シンは顔を歪める。
 自分がレイにそんな不安を与えているとは・・・今まで思いもしなかったのだ。

 「だ、だってさ・・・嬉しかったんだ・・・」
 「・・・?」
 「俺もレイのこと好きだったから・・・まさかレイがあんなこと言ってくれるなんて思わなかったし・・・」
 「シンも・・・?どうして・・・」

 レイが目を見開いた。
 シンは自分の胸元に触れていたレイの手を取る。

 「・・・レイ、俺の手握ってくれただろ?」

 そして、『あの夜』にレイがしたように握って。


 「家族の夢見て・・・魘されてた俺の手取って、温めてくれただろ?」
 
 
 あの手の温もりは、今でもよく覚えている。
 魘されていた自分をレイが気遣ってくれた事も、とても嬉しかった。

 だから、レイに一人で寝ろと言われた後にそうする事が出来なかった。
 一人で眠ればきっと夢を見る。
 またそこで魘されて、レイを起こしてしまうなんてことは・・・絶対にしたくなかった。

 レイはシンが、『あの夜』のことを覚えている事に驚いていた。
 知らないものだと思い込んでいたから。

 「知ってたのか・・・?」
 「うん、すぐに分かった。最初寝惚けてたけどさ・・」

 シンはレイの手を握っていない方の手を伸ばし、長いその髪に触れた。

 「部屋、真っ暗だった筈なのにレイの髪の色ははっきり分かった。」

 きらきら光って、綺麗だったな。

 レイの髪に触れながら、シンは笑う。
 指から流れ落ちていくようなその感触を楽しむように、何度も手を通した。

 「その夜からさ、俺のこと気にしてくれたよな・・・?」
 「ああ・・・それで、シンを好きになったからな・・・」

 シンの問いにレイは素直に頷いて。 

 「全然喋らなかったけど、目が優しかった・・・俺、レイの目大好きだよ・・・」

 何もかもを拒絶していた。
 家族を失って。
 故郷も失って。
 何もかもを失って。
 力があれば全てを失わなくていいのかと、そう思ってザフトに入ることに決めた。

 でも、自分はオーブの難民で。
 それをからかわれる事もあれば、疎まれることもあった。

 それでもいいと思っていた。
 欲しいのは力だけ。
 力さえあればいいと思っていた。

 けど・・・やっぱりどこか、寂しくて。
 誰かに傍にいて欲しくて。

 そんな時に、レイは自分の手を握ってくれた。
 大丈夫だと言う様に、熱を分け与えてくれた。
 
 それはレイだから。
 レイだから、好きになれた。
 レイじゃなかったらこんなにも好きにならなかった。

 この想いは誰よりも・・・自分がよく分かっている。


 「俺が好きなのは、レイだけだよ・・・?今も、きっとこれからも・・・」


 シンの言葉に吸い寄せられるように、レイはその唇に自らのそれを重ねた。
 触れるだけのキスから、今までしたこともないような、深いものに変えていく。

 「・・・ん・・・、ふ・・・」

 舌を絡めて、歯列をなぞって。
 シンの口内の全てに舌を這わせていく。
 シンも、レイに答えようと自ら必死に舌を絡ませてくる。

 「シン・・・」

 唇を離し、レイはシンの首筋に顔を埋めた。

 「充分思い知らされた・・・」

 白いそこに何度も吸い付いて跡を残しながら、言葉を紡いでいく。

 「な・・・に・・・、ぁ・・・っ」

 小さな声をシンが零して。
 レイは首筋から顔を離し、もう一度シンの唇に小さなキスを落とす。


 「俺にはお前がいなければ駄目みたいだ」


 どうして離してしまったのだろうと、そう思う。
 どうして言葉を交わすことを恐れ、あんな試すような真似をしてしまったのか。

 でも、離れなければ見えなかったことも、多くあった。
 

 「れい・・・が・・・?」


 シンは純粋に驚いているようだ。
 何度も瞬きをして、レイの顔をじっと見ている。

 「ああ、いけないか?」

 いつもよりもあどけない表情にレイは口元を緩め、頬に唇を寄せる。
 軽い音をたててすぐに離すと、シンはくすぐったそうに笑みを溢した。


 「俺達、両思い・・・?」


 首に細い腕が回される。


 「そうだな・・・」


 レイもシンの身体に腕を回し、また深いキスを交わした。
 































 次の日・・・
 食堂で見た光景に、偶然居合わせたアスランとルナマリアは固まっていた。

 「あの二人・・・何かあったのか・・・?」
 「さあ・・・あたしにもさっぱり・・・」

 アスランが指差す方には、テーブルを挟んで座っているレイとシンの姿。
 そのテーブルの上には様々な料理が並べられていて。
 それをシンが一人で幸せそうに食べている。

 「レイ?俺パスタも食べたい!」
 「ああ、腹を壊さない程度に好きなだけ食べろ。」

 フォークを持ってそう言ったシンを、レイもまた嬉しそうに見ていて。

 「兄弟というか・・・親子というか・・・」
 「雛鳥と親鳥ですよ、アスランさん。」
 「ああ・・・そんな感じだな。」

 ルナマリアの言葉に、アスランは納得したように頷いた。

 「シン。」
 「ん〜?」

 口を動かしたまま、シンはレイに顔を向ける。

 「ここ、ついてるぞ。」

 するとレイは、シンの口の端についた料理を自らの指先で拭って、それをなんの躊躇もなく自らの舌で舐め取った。

 アスランとルナマリアは固まって見ている。
 見るからに、幼い子供とその母親だ。

 「・・・本当に小さな子供だな・・・」
 「あそこまでとはあたしも・・・。でも・・・」
 「・・・?」

 アスランが横にいるルナマリアの顔を見ると、その表情は穏やかなものだった。

 「シンが元気ない顔してるよりは、ずっといいです。」
 「そうだ、な・・・」

 その言葉にアスランは笑って、小さく頷いて答えた。

end

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