no title 4 「ねえ、レイ・・・ちょっといい?」 機体の整備を終えた後。 自室に戻ろうと一人通路を歩いているレイを、ルナマリアが呼び止めた。 「なんだ?」 「聞きたい事、あるんだけど・・・」 「ああ」 言葉に詰まっているルナマリアを不思議に思いながら、レイは足を止める。 「最近シン・・・ちゃんと寝てる?」 「・・・その筈だが?」 「本当に?本当に睡眠時間足りてる?」 何をそんなに心配することがあるのか。 シンなら毎晩しっかりと寝ている。 それは、同室の自分が一番良く分かっている。 けれど、ルナマリアはレイの言葉に納得していないようで。 「どうかしたのか?」 思うところがあるのか、と。 ルナマリアの言葉を求める。 「・・・シン、コアスプレンダーの中で寝てるの。」 「何・・・?」 一瞬、耳を疑った。 「ねえ、レイなら知ってるでしょ?アカデミーの時からシンって、座学の授業は寝ること多かったけど・・・MS関連になってきたら絶対に寝ないこと。」 「ああ・・・」 「そのシンが・・・なんでコアスプレンダーの中で、自分の機体の整備中にうたた寝なんてするの?」 どう考えても、おかしいじゃない。 ルナマリアの言うとおり。 シンは座学ではよく机に伏せて寝ていることが多かった。 一度理由を聞いた事があるが、その答えは・・ 『だってつまんないじゃん』 などと、酷く簡潔なもので。 しかし、そのシンもMSシュミレーションともなると、全く違う態度を見せた。 真剣な眼差しで前を見つめ、言葉一つ聞き逃さないよう耳の神経を全てそこに向わせていて。 その違いはなんなんだ、と疑問に思っていた。 『MSに乗ると、こう・・・視界が広がってさ。眠気なんて吹き飛んじゃうよ。』 以前、シンが言っていた。 楽しそうな顔で、笑いながら。 そのシンが何故自分の愛機の中で、うたた寝などするのか。 そこまで睡眠時間が足りていないというのか。 しかし、毎晩シンが自分のベッドで目を閉じているところを、自分は見ているというのに。 ルナマリアの質問にレイは何も答えることが出来なかった。 頭が混乱して、そこにルナマリアがいることすら忘れてしまっていた。 部屋に戻るとシンはベッドに横になっていたのか、目を擦りながらレイに視線を移した。 暗い部屋に照明を点ける。 「おかえり・・・遅かったんだな・・・」 「寝ていたのか・・・?」 「あー・・・うん。ずっとパソコンの画面見てたから、なんか目疲れて・・・」 ベッドに座り直したシンの瞳に視線を移すと、そこは充血して赤くなっていた。 ・・・本当に、目が疲れているだけだろうか。 先程のルナマリアの言葉が頭をよぎる。 「シン。」 「何?」 そういえば、最近こうしてシンと向き合う事すらなかったのかもしれない。 思いながらレイは言葉を続ける。 「お前・・・最近夜眠れているのか?」 シンは赤くなった目を、何度か瞬きさせた。 「ね・・・てるよ・・・?そんなのレイが一番良く知ってるだろ。」 何でそんなことを聞くんだとでも、言いたいような口振りだ。 ルナマリアに言われるまで、レイもそう思っていた。 もう、自分が一緒じゃなくてもシンは大丈夫だと。 「じゃあ、なんでコアスプレンダーの中で寝ているんだ?」 「なんで・・・」 「ルナマリアに聞いた・・・シン。質問に答えろ。」 射抜くような青い瞳から、シンは目を逸らす。 そして・・・ 「・・・ただのうたた寝。最近寝ても寝ても寝たり無いんだよ・・・それだけ。」 目を逸らされたまま言われた言葉。 その横顔を見て、始めて顔色が悪い事に気が付いた。 最近全く触れていない白い頬が、今は少し青みまでかかっている。 「シン。」 レイのに強く名前を呼ばれ、シンはびくりと肩を揺らした。 「そんな戯言など聞いていない、聞いているのは真実だ。」 寝ていないという事は、本当だろう。 しかし何故。 もう大丈夫だ、とシンは言っていたのに。 様々な疑問が重なって、レイは苛々と顔を伏せるシンの肩を掴んだ。 「答えろと言っている・・・っ!」 どうして言えないのか。 どうして一人でも大丈夫なんて、嘘を吐いたのか。 自分と一緒にいるくらいなら、寝れない方が良いとでも言うのか。 シンの肩を掴む手の力が、自然と強くなって。 「・・・れ・・・れい・・・っ」 気付けばシンの瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちていた。 「シン・・・?」 溢れ出る涙を隠そうともせず、シンはレイを見上げる。 シンの言っている言葉の意味も分からずにレイは顔を顰めた。 「俺・・・レイの言う事ならなんでも聞くよ?!迷惑だって、もうかけないから・・・っ!」 「め・・・いわく・・・?」 「俺のこと放っておいてもいいから・・・!!」 シンは何を言っていると言うのか。 必死に、縋るように見上げてくる瞳の真意が分からない。 でも、どこか食い違っているように思えた。 「シン、待て・・・お前何か・・・」 勘違いをしているんではないか。 そう続けようとしたが、出来なかった。 シンがレイの両腕を掴み、その胸に顔を埋めて。 「お願いだから、嫌いにならないでよ・・・」 その肩はふるふる弱々しく震えていた。 あの、悪夢を見た夜のように。 嗚咽が零れるたびにシンの華奢な肩が跳ねる。 シンは、自分に嫌われる事を恐れて。 そして自分もシンが自分から離れていく事を恐れて。 自分達は、同じ事で悩んでいたのだ。 「シン・・・顔を上げろ」 「レ、イ・・・・・・っ」 シンがゆっくりと顔を上げる。 涙で濡れたシンの表情は、どこか切なくて。 でも、とても愛しくて。 「・・・・・・っ」 レイはその身体を強く抱き締め、そのままベッドの上に倒れこむ。 久しく抱き締めていなかった身体が愛しくて。 そして、シンが自分の事を必要としてくれているのが嬉しくて。 「俺は・・・自惚れてもいいのか・・・?」 抱き締めた手を少し緩め、シンの顔を見下ろした。 涙の上からその顔を包み込むと、シンはレイの掌にそっと擦り寄って。 「お前も俺のことが好きだと、思っていいのか・・・?」 レイの言葉に、シンは自ら腕を伸ばしレイの唇を求めた。 初めてのシンからのキス。 言葉が無くても分かる。 シンの答えだった。
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