no title 3

 「今日は自分のベッドで寝ろ。」

 次の日の夜、髪を乾かしてやりながらシンにそう言った。
 
 「え・・・?」

 レイの足の間に座ったシンが、目を見開いて振り返る。
 たくさんの疑問が貼り付けられたような顔。
 それでもレイは何も言わずに、ただ黙ってシンの髪にドライヤーを当てていた。

 「わかった」

 けれど、数分と間を空けずにシンの言葉がレイの耳に入る。

 「今日から一人で寝るよ。」

 振り返っていた体制から、元の姿勢に戻って。
 だからシンの表情は見えなかったけれど、声色は明るいものだった。

 似ていると思った。
 自分の告白に対する返事と、とてもよく似ている、と。

 「そうか。」

 それしか答えることが出来なかった。
 自分から言い出したことは分かってる。
 でも、どこかで期待していた。

 もしかしたら、嫌だと言ってくれるかもしれない。
 どうして、どうしてなんだと。しつこく理由を聞いてくるかもしれない。

 そうなったら今の自分の抱えている不安を全部、話してもいいと思っていた。

 「うん・・・もう大丈夫だと思うし・・・あ、俺今日疲れたから早く寝るね。」
 「・・・ああ。」

 ドライヤーのスイッチを切って、ベッドサイドに置く。

 「俺のことは気にしないで、ゆっくりシャワー浴びてきなよ。」
 
 シンは言いながら立ち上がって。
 自分のベッドへと移動しようとするシンの腕を、レイは咄嗟に掴んだ。

 「・・・シン・・・」
 「何?」

 そして振り向いたシンの唇に、いつものように小さく口付けた。
 触れるだけのキス。
 それでも、相変わらずにシンは顔を真っ赤に染めて。

 「きゅ、きゅうになんだよ・・・」
 「もう寝るんだろ?」
 「うん・・・」

 赤くなった頬に触れながら、レイは表情を緩めた。
 
 「おやすみのキスがないと眠れないだろ、お前は。」
 「そんなこと・・・っ」

 言葉を塞ぐかのようにもう一度口付けた。
 最後のキスだと、感じながら・・・






 シンは何も変わらなかった。
 朝はいつもと同じようにおはようと声をかけ、

 『早く食堂行こう?』

 そう、いつもと変わらず接してくる。
 
 実際、周囲は何も分からないのだろう。
 昔から誰かが見ている前で、シンに触れようとは思わなかった。
 関係が公になると男同士ということもあって、何かよからぬ事を口走る奴が出てくるかもしれない。
 自分は何を言われても構わないが、シンが傷ついてしまったら・・・
 それだけはどうしても嫌だった。
 だから周囲から見た自分とシンは只のルームメイト・・・良く言って友達といったところか。

 シンだけが知っていればいいと思った。
 部屋の中だけで。
 二人で入れる場所だけで恋人になれれば、それでよかった。

 けれど、今はその部屋の中でも部屋の外と何も変わりなくなって。
 いつもはべったりと甘えてきたシンが、自ら近づいてくることも無くなった。
 シャワーを浴びた後も、自分で髪を乾かしてから出てくるようになった。

 不安が大きくなっていく。
 シンが離れていくような気がした。
 こんなに簡単に、離れられると思わなかった。
 今のシンの行動全てが、

 『レイなんていなくても、大丈夫』

 そう言われているようで。
 

 いつか、近いうちに終わりがくるのかもしれない。
 シンは他に傍にいてくれる奴を見つけるのかもしれない。

 自分ではない、誰かを・・・


 考え出すと止まらない。
 悪い方向ばかりに進んでいくばかりで。


 だから、気付かなかった。
 いや・・・気付こうとしなかった。




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