5、運命?偶然? 「ね、映画面白かったでしょ?僕の言う通りだったでしょ?」 「・・・まあまあ」 「ラストなんてすっごい感動しちゃったよね!シンも泣いてたもんね」 「な・・・っ!見てたのかよ!」 「だって、必死で涙堪えてるのが可愛くて。もう最後は映画よりシンに夢中だったよ」 「ちゃんと映画見ろよ!キラが見たいって言った映画だろ?!」 「映画もちゃんと見てたってば。それよりシンに夢中だっただけで・・・」 「あーーーー!もう言わなくていい!!」 キラを置いてシンが足早に歩くと、苦笑して後を付いてくる。距離を離そうと思っても休日のデパートは人が多い、すぐにキラに追いつかれて腕を掴まれた。 「ごめん、シン。怒らないで?」 シンはキラのこれに弱い。どんなに怒っていても、顔を覗き込まれてこう言われてしまうと気が抜けて、何だかどうでも良くなってしまうのだ。 無事にテストの緊張感から開放されて訪れた、最初の日曜日である今日。シンは少し遅めの朝食とも昼食ともいえる食事を、昨夜から泊まりにきていたキラと取っていた。そして食事を終えてすぐに、キラは突然映画を見たいと言い出した。シンはゆっくりと休もうと思っていたのに、と反抗してはみたものの、その反抗は無駄に終わった。 結局キラに引き摺られるようにこのデパートに来て、キラと映画を見る羽目になったのだ。面白くない映画だったら散々文句を言ってやろうと思っていたが、映画は予想以上に面白いものだった。キラの言う通りラスト30分は涙無しにスクリーンを見る事が出来ず、それでもシンはそれをキラに感づかれるのが嫌で必死に涙を堪えていたと。そんな努力は空しく、キラにはとっくにばれていたようだが。 もう怒っていない、と首を振ると、キラが良かった、とシンに微笑みかける。その笑顔を見る度にシンは胸の中があったかくなるように感じてしまう。まるきり恋する乙女だ、と自分自身に辟易としながらシンは隣を歩くキラを見上げた。 「・・・で、次どこ行くんだよ?」 映画館が併設されたこの場所は、大きな駅と直通していることもあって普段から人通りが多い。しかし今日は休日という事もあってそれ以上の賑やかさだ。 なんとなく人の波に押されて歩いていたが、目的地がないとどうしようもない。昨夜、一晩中続けていたキラとの行為のせいで、ただ当ても無くぶらぶらと歩くほどの体力が有り余っているわけでもない。 「あれ?シン、欲しい物あったんじゃなかったっけ?」 シンの問いにキラが驚いたように、シンを見た。 そしてシンは思いだす。結局映画を見る事に了承したのも、序でに買い物をしてしまおうと思っていたからで。映画を見てすっかり忘れていた。 「そうだよ、忘れてた!今日発売のCDがあってさ、折角だから買おうと思ってたんだ」 じゃあ、こっちだと方向を変えて歩き出すシンにキラも続く。一気に機嫌が浮上したシンの言葉にキラが首を傾げて呟いた。 「今日、発売・・・?」 「そうそう・・・ラクス・クラインのさ。新曲今日発売なんだよ!知らないのか?」 「・・・いや、知ってたけど・・・シンもラクスの歌聞くんだ?」 「何で?そんな意外?」 「・・・そういう訳じゃないんだけど・・・」 何だかキラの様子が変だ。不思議に思ったが、気にせずシンは言葉を続ける。 「マユが好きだったから、俺も一緒に聞いてたら好きになって・・・やっぱりラクス・クラインの歌って癒されるし・・・疲れた時に聞きたいって感じで」 ラクス・クラインは国内では知らない人はいないのではないかという程、有名な歌姫だ。今までは新曲が出る度に妹のマユと母がCDを買ってきていたが、もうその二人も遠い海の向こうだ。当てになど出来ない。 そのラクス・クラインも最近は海外での活動も増えているらしいから、マユと母も新曲を聞くことが出来ると思うが。 節約を心がけるシンとしては、今回はレンタルで我慢しようかとも思っていた。けれど折角こうして発売日にデパートまで来る事になったのだ。思い出に買っていってもいいかもしれない、と出掛けに自分も欲しい物があるから序でに買っていく、とキラに言っていた事を思い出した。 キラは相変わらず複雑そうな顔をしている。あまりラクス・クラインが好きではないのだろうか。 ぼんやりとそんな事を考えて目的地のCDショップを目指して歩いていると、急にキラがシンの腕を掴んで人並みから外れようとする。訳も分からず腕を引かれて。気付けば人の流れから外れた休憩スペースにキラと二人で立っていた。 休憩スペースといっても、通路の端に取ってつけたようなベンチがあるだけだ。歩き疲れた人が少しの間だけ腰を休める程度のものだろう。それでも大きな窓を背に配置されているせいか寂れた印象は全くない。今はキラとシンの二人だけの姿しかないが、時間帯に寄れば多くの人が利用するだろう。 シンはキラに促されるままベンチに座り、キラもその隣に腰を落とした。 「ねえ、シン」 「なんだよ」 急に立ち止まって、ここに座り込まされて。一体何だというのか。 シンが少し苛立った様子で返すと、キラは少しだけ言い辛そうに口を開いた。 「そのCDうちにあるからあげるよ?」 「えっ?!何で?!」 予想外のキラの言葉にシンは驚いた。 キラがラクス・クラインのCDを既に手に入れている。 でもキラは昨夜からずっとシンの家にいたし、何よりCDの発売日は今日なのだ。それなら一体いつキラはラクス・クラインのCDを手に入れたというのか。 シンの表情でその考えを読み取ったのか、キラは苦笑して僅かに首を傾げる。 「ちょっと、知り合いの伝で手に入って・・・カガリの分と2枚貰ったし、僕の分1枚シンにあげるよ」 「ほ、ほんとに?!いいのか?!」 「うん・・・なんならサインでも付けてもらおうか?」 「そこまで出来るの?!」 「まあ、多分・・・大丈夫だと思うよ」 どこか言葉を選ぶようなキラの様子は気になったが、シンはただ驚くことしか出来ない。目を丸くしているシンにキラはにこりと笑って見せた。 キラにねだるつもりはないが、折角くれるというものは貰っておきたい。それにサインまで付けてくれるというのだ。 (マユにあげたら喜びそうだな・・・) 折角のラクス・クラインのサインだが、それよりもシンにとっては妹の笑顔の方が大事なのだ。思わず海外までの送料の事を考えていると、ゆっくりと近寄ってくる女性の姿に気が付いた。 目深に被ったつばの広い帽子のせいで、顔がよく見えない。けれど、白いふわりとしたワンピースから覗く足や腕はとても華奢で、雰囲気もとても清楚で上品なものに感じられた。怪しい人ではないと、シンは漠然と思う。 でも、一体なんでこっちに?座るところなら他にもあるのに。 怪しくはないが、どこか行動が理解出来ない。 「・・・キラ?」 名前を呼ばれたキラが、初めてその存在に気付いて顔を声の方に向ける。 その女性が口から発した名前にもシンはそれは、驚いたのだが、それに返したキラの言葉に、シンは今までにないほど驚いた。 「・・・ラクス?」 キラは僅かに目を見開いて目の前の女性を見上げた。名前を呼ばれた女性は帽子のつばを上げて、顔を見せると嬉しそうに笑った。 見間違えようがない。そこには、今までキラとシンの話題の中心だった人物、ラクス・クラインが笑顔で立っていた。 「やっぱりキラでしたのね!見間違えかと思いましたわ」 ほっと息を吐いて笑うラクス・クラインに、キラは立ち上がってその細い肩にそっと触れる。そのキラの自然な動作にシンはまた驚いた。キラにどういうことなのだ、と問い正したい気になったが、目の前で繰り広げられる中睦まじい雰囲気に圧倒されてしまう。 そんなシンの気を知ってか、知らずか。キラはラクス・クラインにこやかに微笑みかける。 「ラクス、帰ってたの?」 「ええ、今朝こちらの方に。でも昨夜の内に、ご連絡差し上げたと思うのですが・・・カガリさんから聞いていませんか?」 「僕昨日は家にいなかったから」 「あら、お出かけとは聞きましたが、お泊りだとは初めて聞きましたわ」 「わざわざ言うほどの事でもないじゃない」 「まあ!キラったら意地悪ですわ」 (なんだか、空気が甘く感じる・・・) 見詰め合い、微笑み合う二人を見ていると、シンはただただ圧倒される。 ラクス・クラインの可憐な花のような雰囲気がそうさせるのか。それともキラの砂糖菓子のように甘ったるい声や雰囲気がそうさせるのか。 シンにはその判定は出来なかったが、ただ寄りそう二人の姿はとても自然なものに思えた。 「キラ、今年はお誕生日ご一緒できなくて残念でしたわ・・・」 「いいんだよ、そんなの。ラクスだって忙しいんだし。それにプレゼントもちゃんと届いたよ、ありがとう」 不意にラクス・クラインの声色が落ちて。そのラクス・クラインの言葉にも、それを慰めるようなキラの言葉にも、シンは思わず耳を疑ってしまった。 今年は、と言っていた。 ならば、去年は、その前は。 「本当は色々と考えていましたのよ?ケーキも焼こうと思っていましたのに・・・」 「それはまた次の楽しみに取っておくよ」 「ふふ、楽しみにしていて下さいね」 そして、次。 ゆったりと繰り広げられていく会話が、ジェットコースターのようにも思えた。 呆然としているシンにラクス・クラインの目線が向けられる。優しく微笑まれ身体が硬直してしまう。 何だかついていけないが、ラクス・クラインなのだ。紛れもない本物なのだ。 「そちらの方は?」 「・・・えーと・・・」 一瞬止まったキラの様子に、シンはそういえば、と思う。 自分達の関係は、言葉に出すとなんて言えばいいのだろう。キラも多分同じ事で悩んでいるのだと思った。 友達とも違う。先輩でも、後輩でもない。恋人でもない。けれど、セックスはしている。とても曖昧な関係。 (・・・まさか、これがセフレって、やつ・・・?) 脳裏に浮かんだ言葉にシンは口元を僅かに歪めた。これ以上的確な言葉などあるのだろうか。でも、この曖昧な関係を望んだのはシン自身。 それが自分自身でもよく分かっているから、なんとも歯痒い。 「・・・僕の教え子のシン君。」 「教え子?キラの、ですか?」 「うん、家庭教師してるんだ」 キラの言葉にラクス・クラインが少し驚いたように、口に手を当てていた。何かおかしかったのだろうか。シンはそういう言い方もあるか、と心の中で頷いていたのだが。 不意にラクス・クラインに顔を覗き込まれて、シンは思い切り仰け反った。天下の歌姫がこんな至近距離で、シンの顔を覗きこんでいる。 「初めまして、ラクス・クラインと申しますわ。なんとお呼びしたらよろしいのでしょうか?」 「あ、えーと・・・シン・アスカ、です、シン、でいいです・・・っ」 「では、私もラクスと呼んで下さいな」 「は、はい・・・えと、ラクス、さん・・・」 手を差し出されて、シンは慌てて立ち上がる。白くて、細い、紛れもない女の子の手だった。恐る恐る差し出された手を握ると、ラクスは嬉しそうに笑った。 シンは向けられた微笑みに盛大に照れてしまい、頬を赤く染めて俯いた。手を離した後もラクスの柔らかい温度が掌に残っているようで、頬の熱さは一向に冷めないまま。 「・・・ラクス、時間大丈夫?向こうでマネージャーさん待ってるよ?」 「あら、そうでしたわ」 先ほどよりも少し低く感じるキラの声。 少し離れて立っている女性の存在に、シンはここで初めて気が付いた。あの女性がラクスのマネージャーなのだろうか。 (キラ、怒ってる・・・?でも、なんで・・・) 聞きたいけれど、聞けない。答えを聞くのが怖い。 キラと身体を繋ぐようになってから、随分と臆病になってしまった自身にシンは表情を曇らせて目を伏せた。 「では、キラ、シン。またお会いしましょうね」 ラクスは手を振ってマネージャーである女性と連れ立っていく。 人込みに消えていく後姿をぼんやりと見ながら、これだけの人込みが近くにあるのに、誰もラクス・クラインがいるということに気付かない事を不思議に思っていた。だが、逆の立場になれば、まさかこの場にあのラクス・クラインがいるとは思わないだろう。 でも、そんな事はシンにとってはどうでも良かった。ただ、何でキラがラクス・クラインとあれほどまでに親しくしているのかばかり気になって。 知り合いの伝で貰ったというCDも、きっとラクス本人から貰ったものなのだろう。だからサインの事もあれほど軽く言い出せたのだ。 でも、それなら、そう言えばいいのに。何でキラは嘘を吐いたのか。 「・・・キラ」 「・・・ごめんね、シン。黙ってて・・・でも、これでCD買わなくてよくなったし、今日はこれからどうしようか?」 聞きたいのはたった一つの事なのに、キラは笑って誤魔化すだけだった。 どうして本当の事を言わないのか。それとも言えないのか。 (・・・キラは、ラクス・クラインと・・・?) 誕生日を一人で過ごしていると知っていたから、キラは一人身だと思い込んでいた。でもラクスはあの通り多忙の身で。簡単に休みを貰える立場ではないのだろう。 キラは、ラクスとそういう仲にあるから、簡単に口に出来なかったのだろうか。 でも、そうだとしたら、何でキラはあんな事をシンに言ったのだろう。ラクスがいない間の・・・ (・・・ひまつぶし・・・とか?) ふとシンにとっては歓迎出来ない予想が頭を過ぎり、キラに気付かれないように両の掌を強く握った。それでも真っ青になった顔色は誤魔化せない。少し慌てたキラはシンを労わるように、そっとシンの頬を撫でた。 「・・・人込みで疲れちゃったよね、もう帰ろうか・・・?」 黙って頷く。俯いたままのシンの背を押して、キラはゆっくりと歩き始める。 来る時は電車を乗り継いできたが、シンの体調を心配してかキラはタクシーを止めた。いつもならば、タクシーなど勿体無いと喚き立てるシンだが、今日はキラの手に逆らわずに後部座席に大人しく座る。後からタクシーに入ってきたキラがシンの横に座り、ドアが閉まった。 運転手にシンのマンションの住所を言っているキラの声を、ぼうっと聞いていた。 タクシーの中で二人の間に会話は無かった。シンはとてもじゃないが普通にキラと会話できる状態じゃ無かったし、キラもシンの様子で汲み取ったのかずっと黙っていた。 マンションの部屋に入ってすぐの玄関で、シンはキラの身体にしがみつくように抱き付いた。 まだ、欲しいと思われていたかった。そうキラが思ってくれている事を確認したかった。 キラはそんなシンを優しく抱き締めて、 「シン・・・ここじゃ、ちゃんとしてあげられないから・・・ベッドにいこう?」 耳元で柔らかく囁かれる。シンはキラの身体にしがみついたまま強く頷いて答えた。 ベッドに倒され、全身にキラの愛撫を受けながら、セックス自体には大分慣れたと、シンは思う。 初めてのキラとの行為は痛くて、痛くて、ただひたすらに痛かった。性急な行為にシンの秘所は裂けて血を流していたのを自分で確認した時は、思わず血の気が引いてしまった。 なかなかひかない痛みに、シンは休日を丸々寝て過ごして。それからやっと一人で歩けるようになったのだ。 けれどそんな初体験でも、シンは全く後悔はしていなかった。キラが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、ずっと傍にいてくれたからだ。あれだけの痛みを伴った価値はあった、とシンは思っている。 それからシンの体調が大分回復したのを見計らって、2度目のセックスをした。キラ自身も1度目のセックスで相当後悔と反省をしたらしく、時間をかけてゆっくりと慣らしてくれた。そのお陰で最初の時のような痛みを感じる事はなかった。 テスト期間でシンのバイトが休みだった事もあり、毎日のように会って、身体を重ねていた。 だが、テスト自体はキラの的確な指導のお陰で、手応えは十分だ。キラも同じくテストがあった筈なのだが、なんてことはなかったらしい。 毎日、こんな風に身体を重ねて。キラの体温を感じられて。 それで十分だと思っていた、今朝までの自分がシンには別のものに思えた。 シンは体内にキラの熱を受け止めながら、その熱さに身体を震わせた。 「・・・なあ、キラ」 「なに?」 事後の気だるさを感じて、ベッドに横たわりシーツに包まったままシンはキラを見上げた。あまり広くないベッドの端にキラは腰掛けて、シンの黒髪を梳いている。 「・・・ラクス、さんと何で知り合ったの?」 何でもない振りをして尋ねると、キラは苦笑いした。 「昔・・・ちょっと、色々と助けてもらって・・・それからかなあ・・・」 「・・・へぇ」 やっぱりはぐらかす。 シンは身体を起こしてキラに向き合うと、ゆっくりと口を開く。 「・・・あのさ、」 「ごめん、シン・・・ちょっと待ってて」 けれど、シンのなけなしの勇気も、突如震えたキラの携帯に妨害されてしまう。 「・・・ラクス?どうしたの?」 聞こえた声に電話の相手を知る。ラクスの声はシンには聞こえないから、何を話しているのかは分からない。 けれど、電話の向こうに話しかけるキラの声は、 「ああ、大丈夫だよ・・・うん・・・うん・・・・・・だから気にしなくていいってば」 どこまでも優しく思えた。 「それは喜ぶんじゃないかな?うん、言っておくよ・・・あ、ラクス、それとシンがサイン欲しいんだって・・・今度CD持っていくからそれに・・・・・・え?いいの?」 急に自分の名前を出されシンはびくりと肩を揺らす。キラの話している内容から、それがCDへのサインの件だと分かった。キラの予想通り、電話の向こうのラクスは了承してくれたらしく、キラは一度シンに目線を向けると、頷いて笑って見せて。 「うん、ありがとう・・・じゃあ、またね」 携帯電話を元の形に畳んでベッドサイドに無造作に置いたキラは、シンに溜息混じりに笑いかけた。どこか諦めたようなそれの意図が掴めない。 「シンはラクスに大分気に入られちゃったね。今度シンも一緒にお食事でもどうですか?だって」 「・・・へ?」 「サインも、ラクスの方でCD用意してくれるって。マユちゃんもラクスのファンなんだよね?マユちゃんの分もお願いしたら喜んでもう1枚くれると思うよ?」 「い、いいよ・・・そこまでしてもらえない・・・っ」 「遠慮しなくていいってば。CD送ってあげたらマユちゃんも喜ぶんじゃない?」 「それは、そうだけど・・・」 じゃあ、決まりだね 先ほどまで、ラクスのサインが貰えると無邪気に喜んでいた時、同じ事を思っていた。どんなにマユが喜ぶだろうか、と妹の喜ぶ顔を想像して、自分も嬉しくなっていた。 けれど、今はそんなマユの笑顔も、シンには酷く色褪せて見えてしまう。 じゃあ、さっきのあの、複雑な笑みは一体何だったのか。キラにとって、何か都合の悪い事があるのか。 ラクスに気に入られた、と言っていた。 シンには理由はさっぱり分からないが、本当の事らしい。それが気に入らないというのだろうか。 少し考えて、すぐに答えに行き着く。結局は、キラは・・・ 「・・・キラは、」 ぽつりと口から零れ落ちた言葉。 言ってはいけないと思うのに。言っては全てが駄目になってしまうと分かっているのに。 「ん?」 「俺は、キラにあげたけど・・・キラは?」 「・・・ぇ?」 キラが大きく目を見開く。しまった、と思ったが、言ってしまった事はもう取り消すことは出来ない。 慌てて誤魔化そうとしたが、頬を涙が伝い落ちて、うまく誤魔化すことすら出来なかった。 「ごめ・・・っなんでもない・・・!なんでも・・・」 濡れる顔を見られたくなくて、シンは俯いて両手で顔を覆った。止まらない涙に嫌気が差して掌で擦ると、キラが慌ててシンの手首を掴んで止める。 それでもぼろぼろと涙を零すシンに、キラは困惑の色を隠せない。 「シン・・・?どうしたの・・・?!」 「な・・・でも、な・・・っう・・・・・・く・・・、」 「身体、どこか辛い・・・?痛い・・・?ねえ、シン・・・」 両の手首を掴まれても、シンは決して顔を上げずに俯いて嗚咽を零し続ける。 キラはどうしたらいいのか分からずに、シンの身体をそっと抱き寄せた。 「言ってくれなきゃわかんないよ・・・」 こんなに近くにいるのに、キラがずっと遠くにいるみたいだった。 自分だって、そうなのだ。どんなに辛い事でも、言葉が欲しいと思うのに。 けれど、最初にキラの言葉を聞くのを恐れたのもシン自身、他の誰でもない自分自身。 シンは胸の中に渦巻く葛藤に押し潰されそうになるのを感じながら、キラの腕の中でひたすらに涙を零した。 何処かで限界が来るのは分かっていた。その時をただひたすらに感じていた。 (お題をsham tears様よりお借りいたしました)
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