4、一目惚れなんかしないって 考えれば考えるほど泥沼に嵌っていくような気がする。 教室の窓から外を見ると雲一つない快晴だ。人の気も知らないで晴れやがって。堪らず空を睨み付けていると、教師から注意を受けた。授業中だった事すらも忘れていた。 本当に、堪らなく憂鬱だ。 放課後のベルを聞いた時も一向に心が晴れる事はなかった。いつもならさっさと鞄に必要最低限の教科書やノートを詰めて教室を飛び出すシンを知っているクラスメイト達が、口を揃えてどうしたのか、何処か悪いのかと聞いてきたが、シンは曖昧に笑って誤魔化すことしか出来なかった。 (・・・男に言い寄られて悩んでいるだなんて、誰が言えるか・・・) クラスメイトの波を抜けて学校を出る。空は相変わらずの快晴だ。薄っすらと赤みがかかってきても、太陽の日差しは学ランを着込んだ身には少し暑くも思えた。ついこの間まではまだまだ寒いと思っていたのに、日差しは既に夏を思わせるものに変わってきている。 今日からテスト期間に入る為、バイトはテスト休みをもらっていた。そして、キラにみっちりと勉強を見てもらう事になっている。 キラにまさかの発言を受けたあの日。シンは送り届けてもらってすぐにベッドに入ったものの、一晩中寝付くことが出来なかった。目を閉じればキラの声と、一瞬だけ重なった唇の感触を思い出してしまい落ち着かなかった。 何でキラがあのような事を言い出したのか。あのような行動に出たのか。 考えても考えても分からないが、キラは言ったのだ。欲しい、と。誰でもない、シンが欲しいのだと。抱きたいのだと言っていた。 男同士でもそういう事が出来るのは、クラスで話していた友人の言葉でシンもなんとなくだが知っていた。けれどそういう事もあるんだな、と別の次元のことのように思っていた。自分の事をそういう対象に見てくる男など今までいなかったし、シン自身もそういう事を想像する時にはいつも可愛い女の子が相手だ。男に組み敷かれる自分など考えた事もなかった。 キラの言葉も始めは冗談だと思った。いや、思いたかった。悪戯な笑みで、『嘘だよ』と言って欲しかった。 でもキラの目はどこまでも正直で、真っ直ぐにシンだけを見ていて。 (なんで、俺なんだろう・・・) キラならば、あの時自分に言った言葉を他の誰かに言ったとしたら、結構簡単に思い通りになるのではないかとシンは思う。 でも、キラはシンに言った。 キラはシンが欲しいが為に、優しくしているのだとも言った。それに最初こそは裏切られたとも感じたが、でも、それでも自分に笑いかけてくれていたキラの笑顔に、言葉に嘘はなかった。 あんなに悩んだシンの思いとは逆に、翌日、何もなかったかのようにキラからメールが届いた。 用件は本当に些細なもので、いつもと何も変わらないそのメールに拍子抜けしてしまって。キラは、もうシンが僕に会いたくないと思うのはしょうがない、とも言っていたがシンはそこまでは思わなかった。ただ、次に会う時にどんな顔をすればいいのかと困惑したが。だから約束していたキラの家庭教師の日も、シンはこれまでにないほど緊張していたのに、キラは何ら変わらないように見えた。更に拍子抜けしたが、同時に嬉しくも思った。 このまま、キラは変わらないでいてくれる。ならば自分も変わらず接すればいいのだ。 けれど、シンはふとした瞬間に違和感を感じてしまった。 例えば二人で隣り合って座った時の距離だとか、紅茶やコーヒーの入ったカップを差し出してくれる時も、絶対にテーブルの上に置いて、手渡しをしなくなったのだ。シンに触れないようにと、キラがさり気に気を使っているのが分かった。 でも、一番に違和感を感じたのは、キラの笑顔だ。 どことなく辛そうにも見えるキラに、辛いのは俺の方だと、怒鳴ってやりたい気持ちもなかった訳ではない。それが出来なかったのは、辛いなら我慢しなければいいのに、と無意識に思ってしまった自分自身に気付いたからだった。 キラにあのような言葉を向けられた時、同性の友人に言ったとして、普通なら不快に思われるそれに、シンは驚きこそしたが嫌悪感は全く無かった。ただ、どうして、なんでと混乱しただけで、嫌だとは一切思わなかったのだ。 そして曖昧で、どこかシンと距離を置こうとするキラと表面上は変わり無く過ごしている内に、逆にもっと近づいてこればいいのにと、漠然とそう思っている自分に気付いた。 言い寄られて悩んでいるだけなら、さっさと縁を切るなりなんなりすればいいのだ。キラとは学校も違うし、連絡を取って意識しなければ会えない。メールも電話も一切拒否して、いっそのこと携帯を解約してしまえばそれでいい事だ。 それが出来ないのは、キラを想ってしまっている自分に気付いたからで。 いつからだ、と聞かれれば最初に会った時からと答える事しか出来ない。あんなに変な人だと思ったのに、頭に焼き付いて離れなかった。人見知りもあって、一目惚れなんか絶対にしないだろうと思っていたのに、キラにあっさりと一目惚れしてしまっていたのだ。 だから、あんな、無理した笑顔じゃなくて、いつもの笑顔を見たい。 その為になら自分は何だって出来る。出来る自信がある。 それほどまでに、シンの中を占めるキラの割合がどうしようもなく膨れ上がってしまっていたのを、シンは自分で認めざるを得なかった。 キラが何故、自分の事を欲しいと言ったのかはわからない。 聞けば答えは返ってくるかもしれない。でも、欲しい言葉が返ってこないことを恐れて、聞くことができなかった。 最近は考えても考えても考えても、結局はその堂々巡りを繰り返すばかりで。 「ああ、もう!考えるのやめた!!」 もともと考えるのが得意ではなかったし、めそめそといつまでも女々しく考え込む自分にも我慢がならない。 とりあえず、理由はどうあれキラはシンを『欲しい』と思ってくれてはいるのだ。それならば、それだけでもいい。 キラが望むなら、自分の一人や二人くれてやる。もう覚悟は決めたのだ。 今日、シンとキラはお互いの高校のちょうど中継地点にあるコンビニで待ち合わせをしてから、一緒にキラの家へと向かう予定だ。 シンはいつもの定位置になっているズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、慣れた手つきでキラの番号を呼び出す。放課後だけど、キラがいる場所に寄ってはメールは出来ても、通話は無理かもしれない。10回鳴らせて出なかったらメールしよう、と思ったシンの胸中とは裏腹に、7コール目でキラに繋がった。 「キラ、ごめん!今大丈夫?」 『シン?大丈夫だけど、どうしたの?何か用事できた?』 「そういう訳じゃないんだけど、あのさ・・・」 『うん?』 覚悟はしたはいいが、勢いづいて話さなければ尻込みしてしまいそうで。いつもよりも妙に息だっているシンに、電話越しから聞こえるキラの声が少しだけ驚いているのが分かる。 「今日は、キラの家じゃなくて、俺んちじゃだめ?!」 『構わないけど・・・どうして?』」 「え、えと・・・た、たまにはいいかなって!!あと、明日土曜日だし、今日は泊まってって・・・っ!!」 『・・・シン?』 キラの家には大抵、キラの双子の姉であるカガリがいる。カガリの事は嫌いではないが、今日いてくれては少し、いや大いに困る。シンは平たく言えば、キラとセックスをしようと息巻いているのだ。肉親がいる家では、いつどんな妨害があるか分からない。 でも、現在一人暮らし中のシンの家ならば、そういう心配も必要が無い。 泊まって、というのはシンの中で、今出来る精一杯のお誘いの言葉だった。勉強を見てくれる時は、いつもキラの家でだったからキラをこうして自宅に誘うことも初めてな上に、泊まって等と言われてはキラにも少しは伝わるだろうか。それにキラから同じような匂いのする言葉を既に言われている。キラならば感づくだろう。 そう思っての言葉通り、電話越しのキラの声は戸惑いに少し掠れた。 シンの思惑通りの筈が、いざ思ったような反応をされてしまって盛大に混乱した。ここからどうするかなんてさっぱり考えていなかったのだ。 「だ、だって今テスト期間でスパートかけたいし、わかんないとこいっぱいあるから時間ないし!!それに俺どうせ一人暮らしだから、遠慮とかいらないし・・・!!」 『・・・』 「・・・や、やっぱだめ?」 焦りの極限まで達したシンは、咄嗟に電話口に向かって言い訳を始めた。一人で真っ赤になって電話に向かっているシンの姿に、通り過ぎる人達が眉を顰めた。 少し無言になったキラの様子に、不自然だったかとまた焦る。 『そんな事ないよ。じゃあ、お言葉に甘えて泊まらせてもらおうかな。』 シンのどこか不安が滲む声に、キラは少しだけ苦笑しただけだった。 キラが自分と距離を置きたがっているのが分かるから、何か理由をつけて断られるんじゃないかと心配していたこともあって、キラの返事を聞いたシンはほっと肩を下ろした。 同時にもう後戻り出来ない状態になった事に気付き、シンの緊張はまた高まる。 『じゃあ、僕一回家に帰って着替えとか取ってくるけど、予定通りに一緒に来る?その後車出して・・・って、シンのとこ車止められる?』 「・・・ご、ごめん、ない・・・と思う」 『そっかあ、どうしようかな・・・』 「あ、俺、駅で待ってる!」 『・・・え?』 「キラが、一回家帰ってから駅に来るの待ってる・・・電車で一緒に行こうよ」 『・・・うん、そうだね。じゃあ急いで行くから待っててね?』 キラはシンを送り届ける為に車でシンの家まで来た事はあっても、それ以外の方法でシンの家を訪れたことはない。駅からの道程はわからないだろうから、案内が必要になる。 シンの申し出にキラは柔らかい声で答えて。その声色に、シンはまた顔に熱が集まるのを感じた。 「・・・うん、じゃあ、後で」 電話を切った後も、火照った顔の熱さがなかなか引いていかなくて。 キラと合流する前になんとかこの顔の火照りをなんとかしなくてはいけない。 一人、駅でキラを待っている時も、何度も顔が赤くなっていないかどうかを、頬に手を当てて確かめて。どうやってキラに迫っていこうかそればかりを考えていた。 だが、シンにはそのような経験が全くなかった。キスだってキラにされたものがファーストキスだ。その上、友人達が良く話す猥談等にもそれ程興味が無く、聞き流すことが多かった為知識もあまり無い。もっとしっかり聞いておけばよかった、と後悔しても後の祭りだった。 けれど、現れたキラはシンの緊張など微塵も感じていないのを改めて実感させられる程、いつも通りだった。普段と違うのは着替えて私服を着ている事位だろうか。でも、やっぱり無理をしているのが分かって、シンは緊張を通り越して怒りすら覚えた。 このまま何もなかったかのように振舞い続けて。自分ひとりで勝手に自己完結をして。これからもずっとこのままでいるつもりなのか。 何も無かったふりすら碌に出来ていないというのに、一体どういうつもりであんな事を言い出したのか。 自分がこんなに悩んでいるというのに、一人で、無理にでも終わらせようとしているキラが許せなかった。 段々と無言になっていくシンの横を、キラは困ったように眉を寄せて、それでも何も言わず歩いていた。 「キラ・・・ッ!!」 シンの暮らすマンションに着いて、キラを部屋の中に入れて。とりあえずリビングに荷物を置いて。そのまま座る事を許さずにキラに向かい合った。家の中での第一声は、シン自身が思うよりも苛立ちが滲み出ていた。 キラの顔もシンの剣幕に目を見開いて呆然としている。 「この前の事なんだけど・・・!」 途端、キラの顔が曇った。視線を俯かせ、ごめん、とシンに謝る。 「・・・一生懸命答えてくれようとしてるんだ?ごめんね・・・?でも、忘れてくれていいから・・・そんなに考え込まないで・・・」 「考え込むに決まってるだろ?!キラにあ、あんな事言われるなんて思ってもなかったんだから・・・っ!!」 今にも泣きそうだという位のキラの声で苛立ちに戸惑いが混ざってしまい、シンは混乱した。言いたい事はたくさんあった筈なのに、何を言うかも考えていたのに、それが今ので一気に真っ白になってしまって。 「忘れるなんて無理だ・・・っ!!おれ、おれ・・・キラにあんな事言われてからずっと考えて、考えて・・・!あの日なんて全然寝れなくて、でも次の日キラから普通にメールくるし・・・でも、会ってみたらなんか無理してるし!も、どうしたらいいのかわかんなくて・・・」 「・・・ごめん」 「何で謝るんだよ・・・っ!!」 「君を、苦しませたから・・・」 「じゃあ最初から言うなよ!!」 「・・・本当に、そうだね・・・」 さっきからキラは謝ってばかりだ。けれど、謝って欲しいわけじゃない。聞きたいのはそんな言葉じゃない。 キラがあんな事を言い出さなければ、自分はきっと気付かなかった。例え一目惚れだったとしても、それをただの憧れと履き違えていられた。 気付かせたのはキラなのに、そのキラは勝手に終わらせようとしている。 「・・・キラは勝手だ。勝手で、自己中で、我侭だ」 「・・・うん」 頷くキラ。どんなことを言ったって、今のキラは怒らないような気がする。頭の片隅で思って、でもキラの怒る事はどんな事だろうと考える。そういえばキラの怒った顔は見た事がない事に気付いた。 「だから、俺も勝手な事言うからな」 いつも通り笑ってくれれば、きっと何もなかったかのようにいつか忘れる事が出来たかもしれない。 シンは一度息を深く吸って、自分よりも少し背の高いキラを睨み付けた。いざその場になると、緊張で唇が震えた。それを噛み締めて抑え込み、もう一度息を吸って、 「お、おれを、キラにやるっ!!」 あんなにどう言おうか迷っていたのに、結局口から出たのは直球過ぎる言葉だった。元々考えるのが苦手な上に短気なのだ。ここに来るまでの間に考える事は止めていたし、キラの態度に苛立ってからは考える事を放棄していた。 いかにも『らしい』言葉だと思ったが、キラは意味が分からないとでも言うように紫の瞳を見開いている。 けれど、意味を理解してだんだんキラの顔が引き攣っていくのに、シンは一旦収まりかけた怒りが再び舞い戻ってくるのを感じた。 「な、なに言って・・・」 「言葉通りの意味だっての!!俺をキラにやるよ!!」 「シン、シン・・・ちょ、ちょっと待って!」 「嫌だ、待たない!!」 テスト期間なんだから勉強しないと、と慌てるキラのジャケットの胸元を、強く掴んで引き寄せた。そういえばジャケットも着込んだままだ。それに今更ながら気付いたシンが、握り込んだジャケットが皺になるとかは考えられる筈が無かった。 ただ拒まれるのが、引き離されるのが嫌で、必死だった。 「こんなキラでいっぱいの頭で勉強したって何にもならない!!もう、やだ!!苦しい!!俺のこと欲しいって言ったのキラだろっ?!何で待つんだよ!!欲しいって言ったんだから、責任取れよ!!」 何を言っているのか、自分でも分からない。シンは無我夢中で叫んでいた。じわりとキラの姿が滲んで見えて、目許に溜まった涙に初めて気付く。見られたくなくてキラのジャケットを掴んだまま、その肩口に顔を押し付けた。ジャケットが涙を吸い取っていく。 そうしている内に、恐る恐るという風に、キラの腕がシンの背中に回った。 「・・・シン」 耳元で名前を呼ばれる。少し震えた声に、シンは、キラも緊張している事を知った。 「本当に、いいの・・・?」 「・・・だめだったら、こんな事言わない」 顔を上げる事が出来なくてキラの肩に顔を押し付けたまま言うと、キラの腕の力が強くなった。体の骨が軋みそうなくらいの強さに、シンは少し顔を顰めたが、それでも今はその強さが心地良いとすら感じた。何度も名前を呼ばれる。答えるようにシンもキラの背中に腕を絡めた。 それが合図だというように、どちらともなく唇を寄せて口付けて。不意打ちでされた最初のものとは違う、深いキスにシンは慣れないなりに答えようと口を開いた。 「・・・ん、ん・・・ふ・・・ぅっ」 ぬるりと口腔に入ってきたキラの舌がシンの舌を絡めとって、口腔内を弄る。角度を変える度に開いた唇の隙間から息が零れた。シンは、キラに軽いキスはされても、こんな頭が震えるようなキスは初めてだ。されるがままになっているのが悔しくて、せめてと思いキラに強くしがみ付こうと腕の力を強める。 口付けられたまま、リビングの絨毯の上に押し倒されて、開いたシンの両足の間にキラが身体を割り込ませる。もどかしげにキラの手がシンの学ランに手をかけた。ボタンを全て外され、その下のシャツにもキラの手が伸びる。学ランのボタンと違い、小さなシャツのそれは今のキラには物凄く歯痒いものに感じたのだろう。唇を離して小さく舌打ちをしたキラが、シャツを左右に開いた拍子に数個のボタンが飛んだ。 「あ・・・っ?ぅ、あ・・・っ」 それに驚いている暇も無いほど性急に、露になった白い肌にキラが舌を這わせる。首筋を強く吸われ、次に胸の突起を舌先で潰されるような愛撫。くすぐったさも感じたが、それ以上にもどかしい感覚を下肢に感じてシンは足を揺らした。キラは腰を撫でていた手を徐々に下にずらしていき、ベルトを取ってしまうとすぐに、シンのズボンと下着を一気に摺り下ろして。 急に下肢が外気に触れた事と、既に勃ち上がっている自身をキラに見られる事の羞恥にシンは一気に顔を真っ赤に染めた。自分から誘った手前、それでも止めろとは言えなくて、ただ目をきつく瞑ると、キラの唇が頬に触れる。先ほどまでの激しい愛撫ではなくて、優しく落とされたキスに、少しだけ自分の緊張が解れたのが分かる。 止めろとは言わないが、もう少しだけゆっくりとお願いしたい。震える息を吐き出してキラを見ると、キラは今までにない程、切ない表情をしていて。 「・・・ごめん、」 今更何を謝ろうとしているのかと、疑問を出そうとしたシンの口から、次の瞬間声にならない悲鳴が零れた。 勃ち上がり、震える性器の更に奥。自分でも滅多に触れないそこに、キラの指が押し入って。入り口を広げられるように動き回る指の動き。痛みと、異物感に脂汗が額に滲んだ。 なんとか歯を食い縛って耐えていると、不意に指が引き抜かれた。安堵したのも束の間、そこに指とは比べられないほどに熱いものが宛がわれて。 「・・・ぃ、い・・・た、あっ!いたい・・・きら・・・っ!い、たいっ!」 酷く性急な行為だった。今までとは比べ物にならないほどの痛みが、脳天まで一気に突き走る。痛みに涙がぼろぼろと零れていく。只でさえ白い顔は青白くなっていた。 余りの激痛に止めて欲しいと、目を薄く開いたのに、キラの顔を見て結局何も言えなくなった。痙攣したように震える唇を再び強く結ぶ。 腰を打ち付けられる度に身体に走る痛み。声に鳴らない声を零して、必死にキラの肩にしがみ付いた。学ランとシャツも前を肌蹴ただけ。ズボンと下着は片足に絡まったままだし、靴下はかろうじてつま先に引っかかっている状態だ。キラに至っては、ほとんど衣服を乱してはいない。それを腹立たしく思ったけれど、文句を言う余裕もなかった。 何度もキラに名前を呼ばれ、顔中に口付けられる。痛みに萎えた自身はキラの手で愛撫され、再び勃ち上がってキラの手を濡らしていた。もう、口から絶え間なく出る声が後ろに走る痛みからなのか、前を弄られての快感からなのか、シン自身分からなかった。 どうしようもない熱さに翻弄されるがまま、中にキラの熱が注がれるのを感じて。そこでシンの意識はぷつりと途絶えた。 「シン、シン大丈夫・・・?」 一番に目に入ったのは、見慣れた自分の家の天井。感じたのは体中に広がる倦怠感だった。 今にも泣き出しそうな声に首を傾けると、キラが声色通りの表情でシンを見ていた。キラの顔を見て、この倦怠感の理由に思い立ったシンは顔を真っ赤に染める。 シンは、リビングに置いてあるソファに寝かされていた。シンの記憶ではその下の絨毯の上でキラに組み敷かれていたから、シンが意識をなくした後でキラが移動させたのだろう。身体にはキラのジャケットが申し訳程度に掛かっている。ズボンと下着は履いていない、同時に下半身には濡れた感触。思わず顔を顰めるとキラは身を縮こまらせた。 「ご、ごめんね・・・シンの部屋分かんなくて・・・かってに動き回るのも、ちょっと、出来なくて・・・本当はお風呂とかすぐに入れてあげたかったんだけど・・・」 本当にごめん、と項垂れるキラを見ていると、自然と笑えて来る。何だか今のキラは、初めて会った時の、あの妙に挙動不審だった様子と良く似ていた。 「・・・だ、いじょぶ、でも、」 出した声が自分でも驚くほど掠れていて驚く。 けれどそれ以上に今にも音を立てそうな胃の状態にシンは溜息を吐いた、 「・・・腹減った」 「そういえば晩御飯食べてないもんね・・・」 シンの髪を優しく撫でながらキラが苦笑した。 「どうする?近くに何か食べに行こうか?それとも出前の方がいいかな?」 「えっ?!いいよ、俺が作る・・・つぅっ!!!!」 優しい掌の感触にまたうとうとと目を細めていたが、キラの言葉に一気に意識が覚醒する。 倹約家としては予想外の出費は避けたい。それに簡単に二人分の料理を作る事などシンには容易いことなのだ。 でも、身体を起こした途端に、あられもない所が激しい痛みを訴えて。ソファに逆戻りしそうになったシンの肩をキラが慌てて支える。 「シン・・・っ!無理しないで寝てて?やっぱり何か取ろうよ、お金なら僕が出すから」 「そ、それくらいの金はあるよ!俺にだって、それくらいの甲斐性は・・・っ」 「いいの、僕がシンにご馳走したいんだから。ね?」 ゆっくりとソファの上に横たえられる。 頼んだの待ってる間に、体綺麗にしようねと、優しく諭すように言われ、手を握られた。意外と大きな手に触れられて、シンは安心している自身に気付いた。 「・・・本当は僕が作ったほうがいいのかもしれないけど、僕、料理苦手で・・・」 「キラでも苦手なことあるんだ・・・」 「そんなのたくさんあるよ。シンは料理得意なんだよね?今度、シンの手料理食べさせて?」 どこか、キラは完璧なように見えていたから、苦手なことなどない思っていた。自分に出来ないことがキラに出来ても、その逆は無いのではないかと思っていた部分があっただけに、その言葉が無性に嬉しい。 不意に優しく握られた手がもどかしく感じた。力を入れようにも指先に全く力が入らない。 キラはそれに気付き、握ったシンの手に一つ、小さな口付けを落とすと少しだけ手を握る力を強めた。そんな些細な事で、ここ数日のキラとの距離が埋まったような気がしてシンは嬉しくなる。 「・・・じゃあ、キラの好きなもの教えて」 「うん」 「俺、いっぱい作ってやるから」 「うん」 「全部、残さないで食べろよな・・・」 「うん」 優しく微笑んで頷いたキラの顔は、とても自然なもので。 (俺は、間違ってない・・・よな・・・) シンは未だに広がる微かな靄に気付かないふりをして、キラに笑みを返した。 (お題をsham tears様よりお借りいたしました)
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