絶対的なもの 4 愛などという感情は、自分には与えられていないのだと思っていた。 そう思っていただけに、始めはこの感情がどういうものなのか理解出来なかった。 相手の全てを欲するこの思い。 その少し紫がかった黒髪も、透けそうな程白い肌も燃え盛るような真紅の瞳にも、シンの全てに触れたいと、全てが欲しいと思った。 何故このような思いになるのか自分でも解らなかった。 それを恋なのだと自覚してからは、シンにどう接していいのか解らなくなった。 この思いをどうしたらいいものなのか。 伝えるべきなのか。 押し隠すべきなのか。 姿を見る度に何度も自問自答を繰り返した。 しかし、伝える前に身体が動いて、気付けばシンの華奢な背中を後ろから抱きしめていた。 「レ、レイっ?!」 シンは突然の事態に驚きの声をあげて俺を振り返る。 回した腕に感じるシンの体温や、その華奢な身体が、とにかくシンの全てが愛しくて、俺を見る紅い瞳に吸い寄せられるようにシンの唇に自分の唇を重ねた。 振り払われるだろう、と。 そう覚悟していたのに。 シンの身体こそは強張っていたものの、俺の口付けを黙って受けていた。 閉じた唇を押し開いて舌を絡めて深いキスに変わっても、シンは黙って受けるだけで。 唇を離して、今までになかった間近な距離で、シンの顔を見た。 震える睫に縁取られて、薄く開かれた大きな瞳。 それを見た時俺の中のシンへの思いが込み上げてきて、俺は夢中でシンを抱いた。 それでも残った理性の中で俺は自分に言い聞かせた。 一度でもシンの口から拒絶の言葉が出たら、すぐに止めようと。 なのに、シンは俺に貫かれた痛みに泣いてはいたが拒絶はしなかった。大粒の涙を零し、唇に血が滲むほど噛み締めていても俺を拒絶しなかった。 終わった後にも俺を責めるようなことは何も言わなかった。 俺とシンが身体を重ねるようになったのはそれからで。 シンは俺が求めれば、黙って身体を預けてきた。 けれど何度抱いても満たされることは無くてどこまでも求めてしまって、シンに触れた場所全てに熱を持った。 そんな俺が必要以上にシンに接触できるはずも無い。 事後にはいつも、衝動に任せてシンを抱くのに気が引けれ、シンに触れないようにと必死だった。 けれど何度目かの最中にシンが甘えるように俺の名を呼び、自ら俺に唇を寄せてきた時、抑えも何も利かなくなり狂ったようにシンの身体を掻き抱いた。 シンはそれでも何度も俺の名前を呼び続けて、そして意識を失った。 目を閉じてぐったりとした身体を前にした時、俺は自身に堪らない苛立ちを覚えた。 誰よりも愛しいと思うのに、シンを壊すような接し方しか出来ない自分。 意識を失っているシンの身体を清めながら、そんな自分に悔しさを覚え、俺は身動き一つしないシンの身体をきつく抱きしめることしか出来なかった。 シンは何故、黙って俺に抱かれているのか。 抱かれてみて、思った以上に心地好かっただけなのか。 それとも俺を哀れに思い、身を任せているだけなのか。 それをシンに聞く事も出来ずに、俺はいつもシンの身体だけを抱いていた。 身体だけでも抱くことが出来るのなら、それでもいいと思っていた。 けれど、シンは行為の前後に曇った表情を見せるようになって、その表情を見る度に、身体だけでもと思っていた思考が揺らぐ。 『もう、俺に触るな。』 シンを抱いた後にいつも見る夢の中でシンは俺に決まって言い放つ。 その夢を見る度に考えた。 シンは、俺との関係を終わらせたいと思っているのだろうか。 それを言い出せずにあんな表情をしているのだろうかと。 考え出すと止まらなくなっていた。 シンからの言葉を聞くことが怖くなっていた。 あの時も、シンの言葉が怖かった。 訓練後の用事を追え部屋に戻ったがシンの姿はなく、始めは気にしていなかったがシンが戻らぬまま時間が経っていく室内で不安を覚えた。 備え付けの椅子に腰掛けたまま明かりを付けることも忘れて、シンが戻るのを待っていた。 「・・・レイ?」 求めた声がようやく聞こえたのは、部屋がの薄闇に目が慣れきった頃だった。 「・・・シン。」 名前を呼ぶと、シンは暗い室内に明かりを付けようと手を伸ばしていた。 俺はその手をすかさず言葉で止める。 きっと今の俺は、酷い表情をしている。 明るくなった室内で、それをシンに見られる事が嫌で。 「シン、来い。」 それでもシンを近くに感じていたくて。 明かりが付けられていない薄暗い部屋の中、俺は立ち上がりシンと向き合った。 「レイ・・・俺・・・。」 そして開かれるシンの唇。 何かを覚悟したような、けれど何処か迷いのあるその口調。 堪らなく、不安を覚えた。 もしかしたらこの言葉の続きはと、そう思うと先を聞くことなど出来なかった。 「・・・レイ、俺・・・ずっと言いたいことあって・・・・・・っ!?」 言いかけた言葉を口付けで止めて、言葉すら出せないよう夢中でシンの口腔を犯した。 この状況ですら、シンの口から漏れる吐息交じりの声に衝動で押し流されそうな自分がいる。 「・・・・・・・・・シン・・・」 小さく名前を呼んで唇を離す。 「・・・レイ・・・。」 いつものように、シンは掠れた声で俺の名前を呼ぶ。 それを堪らなく愛しいと思うのに、この時はやり切れない苦しさが胸の中に広がって、俺はシンの腕を掴むとその身体をベッドの上に投げ出した。 「・・・レイ・・・っ!」 戸惑っているシンの身体の上に覆い被さって、言葉を出そうとする唇をキスで塞ぐ。 ベルトを取り去り、軍服の前を開いてアンダーにも手をかけた。 「・・・うぁ・・・っ」 露わになった白い肌に触れると、いつものように甘い声を出して。 「レイ・・・・・・レイ・っ・・レイ・・ッ!」 何度も懇願するように名前を呼ばれる。 それにすら反応することが怖くて、俺は誤魔化すようにシンの胸の突起へと手を伸ばそうとした。 そして初めて気付いた。 シンの身体のが、震えていることに。 「・・・シン?」 こんな反応は今までに無かった。 絶えかねず見下ろしたシンの表情。 震える唇に、涙を必死に耐えようとしているその表情。 「・・・レイ、・・レイ・・・・っ、おれ、俺・・・・・・」 シンが声を出しても、身体が動かなかった。 震える華奢な身体が今にも壊れそうで。 「・・・・・・俺・・、レイが・・・っ」 拒絶と、嫌悪。 痛々しい震える体と言葉が訴えているようだった。 「・・・・・・もういい。」 「・・・え?」 それだけを言うのが精一杯で。 俺はシンに被さっていた身体を起こし、部屋を出ようとした。 「レイ・・・っ!」 それなのに、未だに俺の名前を呼ぶシン。 「俺、大丈夫だから・・・っ!だから、話を・・・っ!」 震えたままの声で、俺を引きとめようとしている。 何の話があるというのか。 いや、分かっているのだ。 だからこそ、立ち止まることが出来なかった。 俺はその言葉に背を向けたまま、拳を握り締めた。 今戻ったら、離せない。 もう、無理をしなくていい。 哀しく震えた身体で俺に抱かれようとしなくたっていい。 シンをこれ以上、俺の身勝手で傷つけたくない。 その為には、俺がシンから離れるしかないのだと、そう自分に言い聞かせてシンを残し、部屋を出た。 しかし、その場所を離れることが出来なくて俺はシンが残る部屋のドアに背中を合わせた。 一度でも、言葉に出すことが出来たなら。 シンをあれ程傷つけることは無かったのだろうか。 けれど、今はもう言葉にすら出来ない。
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