絶対的なもの 7 どうしてこんなに温かいのだろう。 レイと触れ合う場所全てが温かい。 俺はレイの背中に恐る恐る腕を伸ばした。 振り払われない・・・? まだ、触っても許される・・・? そう思いながらも伸ばした指先で、レイの軍服を握り締める。 「・・・・・・・・・シン・・・・・・・」 耳元で呼ばれる名前。 それと同時に、俺の背中に回るレイの腕に更に力が込められる。 名前を呼ばれても口で答えることが出来なくて、レイの服を握る力を強める事で答えた。 レイの体温を感じながら目を閉じ、レイが俺の身体を離すまでは、それまでの間だけはこうしていたいと思った。 もうこんな事無いだろう。 レイに抱き締められるなんて、きっと、もう二度と無い。 そう思ったのに、レイの身体は一向に離れる気配が無く、寧ろ強くなっていくようなその腕に、俺は徐々に混乱し始める。 「・・レ・・・イ・・・?」 不思議に思って薄らと目を開けた。 横目で見えるのは、レイの綺麗な金の髪と見慣れた部屋だけだ。 「・・・・・・俺は・・・」 「・・・?」 抱き締められながら囁かれた言葉。 今の俺には、レイの言葉を待つ事しか出来なくて、レイの言葉の続きだけを待ちながら、レイの金の髪に静かに頬を寄せた。 レイに悟られないように、本当に静かに。 「俺は、お前の事をどうでもいいなどと思ったことは、一度もない。」 「は・・・・?」 待っていたレイの言葉。 けれど、その言葉は全く予想していなかったもの。 「・・・ぅ・・・・・そだ・・・・・・」 「シン?」 自然と身体が震え始めた。 震えたままレイに纏う事なんて出来る筈が無い。 こうしていて頭の中を過ぎるのは、俺を残して部屋を出て行ったレイの背中だけ。 あんなに哀しくて、寂しい想いなんてもうしたくない。一度だけで、充分だ。 俺はレイの服を握り締めていた手を解いた。 レイから離れていかれるなんて、もう嫌だ。 だから、どんなに離れる事が怖くても自分から離れていきたい。 「・・・今更、そんな嘘吐かなくてもいいって・・・」 「・・・なんで嘘だと思うんだ。」 「だって・・・レイ言っただろ?もういいって・・・そう言ったのレイだろ・・・?」 言いながら、目元が熱を持っていくのがわかる。 「もういいって・・・俺の事なんてもう・・・って意味だろ・・・?」 自分で言っていてどうしようもなく哀しくなる。 言葉にするたびに浮かぶ、あの日のレイの背中。 「・・・だからさ、もう・・・俺の事は放っておいていいからさ・・・」 「・・・・・」 「・・・・もう、離してもいいから・・・・」 黙ったままのレイの腕の中から離れようと、身を捩る。 けれどレイの腕は俺の身体を離してはくれなくて。 「・・・レイ・・・っ!」 俺は少し声を荒げてレイの名前を口にした。 「・・・・・・・・・・・あの時・・・・・・・」 小さく言われた言葉に、俺の身体は凍りついたように固まる。 レイの口から出る言葉に知らず怯えている自分がいる。 「あの時、お前から離れようと思った。」 そんなこと、分かってる。 予想通りの言葉なのに、言葉が身体が突き刺さるように痛い。 「お前が無理しているのが分かっていたから、離れようとした。」 「・・・・・・・無理?俺が・・・?」 「無理にシンを抱く事は・・・もう嫌だった・・・そういう意味でもういい、と言った。」 レイは言葉を続ける。 「言葉を聞くのを、怖いと感じていた。お前の口から拒絶の言葉が出る事は俺には耐えられない・・・。」 「・・・レ・・・ィ・・・?」 俺の知るレイはいつも冷静でしっかりとしていて、そのレイが、今まで聴いたことのないような弱さを感じる声を出している。 その事が信じられない。 それに、レイの言っている言葉の意味も、簡単に信じる事が出来ない。 「部屋を変えたいなら、俺はもう何も言わない。好きにしたらいい。」 固まったままの俺の身体を、レイはゆっくりと離し、少し離れた身体の距離は、お互いの表情をはっきりと映し出す。 レイはとても柔らかい表情をしていた。 「でも、心までは簡単に変える事はできない、俺はお前を、愛している」 「あい・・・・・・!?」 思わず目を見開いた。 今、レイはなんと言った? 「・・・・・・あ・・・あ」 何か言いたいのに、声を出したいのに。 混乱する頭はそれすらもさせてはくれない。 そのもどかしさに顔を歪めると、レイは俺の頭に優しく手を置いた。 「・・・・・言うつもりはなかった。」 じゃあ、なんで・・・ そう意味を込めて、レイの瞳に視線を合わせる。 「最後になるなら、言っておきたいと思った。・・・俺の我侭だ。」 最後・・・ 本当に、これで最後なのか・・・? 「まだ具合悪いだろう、身体が熱かった。」 俺は応える事が出来ずに、ただレイの顔を見ていた。 「艦長に、部屋替えの要請をしてみる。お前は寝ていろ。」 頭に置かれていたレイの手が優しく俺の頬を撫で、そして、部屋を出て行こうと俺に背を向ける。 その背中が、あの時と同じように見えた。 レイのあの言葉の意味が本当なら。 まだ俺の事を想っていてくれているなら。 本当に、そう想っていてくれているなら。 ここでレイが出て行くのを黙って見ていたら、きっと俺はこの先ずっと後悔してしまう。 「・・・・・レイ・・・っ!!!」 今出来るだけの大きな声で、レイの名前を呼ぶ。 「・・・シン?」 足を止め、俺を振り返るレイ。 その瞳を逸らすことなく真っ直ぐに見て。 「・・・・・・・・・ぃ・・んて・・・・・・・ぃ、やだ・・・・・・・」 「シン・・・?」 消え入りそうな自分の声。 こんな声じゃ、届かない。 俺は一度唇を引き結び、もう一度口を開いた。 「・・・最後なんて、嫌だ・・・っ!!」 俺の言葉に目を見開いたレイ。 俺は無意識のうちに自分の軍服の裾を握り締めていた。 「嫌だ・・・このまま離れていくなんて、嫌だ・・・!勝手にきめんなっ!!俺だって、俺だって・・・・・っ!!!」 涙が溢れて、頬を伝う。 「・・・・・・俺だって、レイのこと・・・・・・好きなんだからな・・・っ!!!」 言い放って、呆然として立ち尽くすレイに体当たりするかのように飛びついた。 レイの背中に腕を回して、少したってレイもきつく俺の体を抱き締める。 レイの唇が額に、濡れる目元に、涙伝う頬に唇に。 そうやって何度も降りてくるレイの口付けを、俺は黙って受け入れた。 この繋がりが終わりなんかじゃない。 まだ繋がっているのだと今はただ、それだけを信じさせてほしかった。
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